「別にテメーが死のうが構わんがただ、げせねー。わざわざ死にに行くってのか?」

「行かなくても俺ァ死ぬんだよ。」


それは俺の士道だ。真っ直ぐ、俺を支えている。

それは絶対に揺らぐことがない。


なのに、お前の表情一つでなんでこんなに心がかき乱される?





―――愛してもイイかい?―――





メシも喰い終わって、風呂にも入って、良い子は寝る時間がもうとうに過ぎた頃だった。俺はいつものように安いビール片手に電気の消えた部屋で一人テレビを見ていた。この時間はつまらねぇギャグを飛ばす芸人達がくだらねぇ番組で一時間を埋めている。俺の目的は一緒に出てくる若いお姉ちゃんだけど。

けど、今夜は正直どんだけ肌を露出した女を見ても何も感じなかった。というよりテレビはつけていたものの、俺の目は別の物を見ていた。それも今目の前にあるものじゃない。回想の中のアイツの顔だ。たまに出てくるこいつは厄介なモンで、一度現れるとなかなか消えてくれない。少しでも気を紛らわそうとつけたテレビはもはやただ電気を食うだけで、俺から何も取り除いてはくれなかった。


なんで、あんな顔をした?


鬼道丸・・・道信の仇討ちってわけじゃねぇが、煉獄関をぶっ潰しに行こうとした時のことだ。アイツの横を通ったあの時の顔が頭から離れない。
一度決めた信念は、曲げない。どんだけ目が死んでようと、堕落していようと、俺の中に通った筋を曲げるつもりはない。アイツの止める言葉も、蚊ほども痛みを感じない。


はずだった。


なのに、


一瞬映ったアイツの表情は小さく俺の胸に痛みを与えた。


なんであんな顔をした?


俺もテメェも、互いに干渉する柄じゃねぇはずだろ。何が不満だった。あの時、本当は何を言おうとした?


事態が収拾した後、切腹だと冗談交じりに言うとアイツは俺と目を合わす事すらせず、タバコを咥えると眉間にしわを寄せて帰っていった。

言いたいことがあるなら言え。だから俺がこんなくだらねぇ、お前如きの事でモヤモヤしなくちゃなんねぇんだろ。



そんな事を永遠と繰り返しながらテレビと向き合って、一時間は経っただろうか。夜中の午前過ぎ、戸を叩く音がした。三回。

それは聞きなれた合図だ。

ヤツが俺を訪ねてくる時はチャイムを鳴らさず戸を叩く。

三回。


俺は立ち上がり、玄関へと向かう。そして鍵を開け、戸に手をかけてゆっくりと引いていく。引いていく速度と一緒にゆっくりとヤツの姿が見え始めた。
黒い隊服を着て、タバコを燻らせ、少しうつむき加減の男だ。
戸が開き切る寸前の時だった。ヤツはタバコを左手に取ると戸を最後まで勢い良く開け放った。

「ちょっ、おま、夜中なんだから静かにあけ・・・っ!?」

俺の言葉は途中で途切れた。いきなり頭を壁に押さえつけられ、強引な口付けをされた。

「んうっ・・・んっー!!」

抵抗して密着する相手の体を押し戻そうとするが、抗いようのない力に俺はされるがままになるしかなかった。無理やりこじ開けられた口には自分ものとは違う舌の感覚。それと同時にヤニ臭さが口内に広がる。

にげぇ・・・

そう感じながらもだんだんと俺の舌は相手のそれと絡むように動き始める。それはもう俺の意志ではなく、本能に従って。
脳が痺れるような、溶けるような感覚。ああ、この感覚はまずい。何も考えられなくなっちまう。

「んっ・・・んぅっ・・・。」

粘り気のある音が闇の中に響く。寝ている神楽や新八には聞こえないと分かっていても、異様に大きな音に感じてしまい、それが俺の羞恥心を扇いでいった。
足がガクガクと力が抜けていくのが分かる。もう、意識すら手放してしまおうかと思ったその時、重なっていた唇は離れ、それとは逆に苦しくなるほどの力で抱きしめられた。

「ちょっ・・・土方。なんなんだよ。お前。」

下を見ると床にタバコ煙を立てながら落ちている。

「わっ!おい、洒落んなんねぇから!マジ危ないから!タバコ、火!!」

ダンッ

廊下に足音が響いた。土方がタバコを踏み消した。
ジュッと小さく灰が踏み潰される音が聞こえた。

「ってお前素足でんなことすんな。大丈夫かよ。」
「・・・お前、他人の心配はするくせに自分の事はなんも考えてねぇんだな。」
「は?何。」
「もっとテメェを大事にしろっつってんだよ。」

土方の胸からなんとか顔を離すと、目の前にはヤツの顔があった。


あ・・・

またあの表情だ

こんな時間まで俺を起こしていた、あの表情


「ひじ・・・かた。お前、一体・・・。」
「・・・夜中に邪魔したな。」

土方は身体を俺から離すと、開け放たれた戸から出て行こうとした。俺は無意識の内に手を伸ばしてそれを阻んで戸を閉めた。

「・・・なんだ。」
「いや、なんか、ホラ、あれだ。足、火傷してんだろ。上がれよ。」
「ああ?別にいい。こんなもん。」

なおも出て行こうとする土方の背中に俺は抱きついた。

「っ・・・。」
「待てよ。手当てぐらいさせろ。・・・つーか、意味わかんねぇよ。キスしに来たわけじゃねぇんだろ。」
「・・・ちっ・・・。」

しぶしぶといった様子で土方は俺のの部屋に向かった。夜中にヤツが来る時の決まった動線だ。俺は応接間にある消毒液と絆創膏を手に、その部屋に向かった。障子を開けると部屋の真ん中に土方が座っている。背をこちらに向けて。部屋に入り、障子を閉める。

「おい、足出せよ。銀さんが手当てしてあげるから。」

回り込んで土方の前に座る。様子がおかしいのは分かっている。どうせ真面目に話しかけても何の反応も示さない。だからいつもの様にヘラヘラと話しかけた。案外素直に差し出された左足の裏は灰がついて少し汚れて、水ぶくれになっていた。

「お前バカ?火は熱いなんて一桁の歳のガキでも知ってるよ。あ、水ぶくれは潰したらダメだぞー。バイ菌が入って足腐るから。ホラよ、頭腐ってんのに足まで腐ったらもうなんか人間としてダメって感じしねぇ?あ、それ以前にマヨネーズの辺りで人間終わってる?あ、言っちった。なんだ、やるか?コノヤロー!・・・・・・。」

手当てを終えた手を戦闘ポーズにして身構えた。けれどヤツは変わらず黙ったままだった。マヨネーズのことを馬鹿にしたら大抵すげぇ剣幕でまくし立ててくるはずなのに。

「なぁ。・・・なんか言えよ。銀さん沈黙に耐えられない性格なんだよね。こんなとこで黙秘権行使しないでくんない?・・・俺、なんかした?」

土方の首の両側から手を伸ばしてそのまま正面から抱きしめた。俺らしくない。妙な不安感に襲われた。俺、嫌われるようなことしたか?なんで何も言わねぇんだよ。

「お前、自分は不死身だとか思ってんのか?」
「え?」
「お前は、刺されても、撃たれても、死なねぇのかよ。」

土方は俺にだけ聞こえるような低く小さい声で呟いた。

「なんで死にに行くような真似をした。なんで俺の言う事を聞かなかった。」

そして俺は気付いた。あの時だ。俺がガキどもの声で煉獄関へ向かった時のことだ。

「言っただろ。俺の中には・・・。」
「知ってんだよそんな事。お前が行く事だって分かってたんだよ。テメェを責められねぇ事だって分かってんだよ。」
「だったら、なんで・・・。」
「知るかよ。テメェが死のうがどうなろうが俺の知ったこっちゃねぇ。なのに、なんかイライラすんだよ。仕方ねぇだろ。」

意味が分からない。なんなんだこの男は。様はテメェにイライラして、それを俺に当ってたって言うのかよ。
あんな表情させて、俺を混乱させてたって言うのかよ。

「もしかしてお前、俺が心配だったの?なんだよ。お前そんなに俺に惚れてたの?」

笑いながらからかうように土方の顔を見る。
ハズだった。
気付いた時には全体を見られないほど近距離に相手の顔があった。

「ああ。惚れてる。」
「えっ。」

顔に息がかかる。ささやかれる様にそう言われて、俺はからかうことすら忘れてしまった。

「ひっ土方・・・、お前・・・。」

軽く唇が重なるのを感じた。

「好きだ。銀時。」
「ちょっ、な、何ドサクサに紛れて名前呼んで・・・。」

「好きだ。」

そう言って顔に触れるだけのキスを重ねた。

「んっ・・・ちょっと、・・・。」
「死ぬな。頼むから。」

そして先ほどとは違い優しくその腕で俺の身体を包んだ。微かな震えが俺に伝わってきた。

あの表情の意味が分かった。

きっと俺が真選組のニュースを見て不安になるあの感情と、きっと同種のものだ。


ざまぁねぇな・・・お互い、こんなに相手に気持ちを持ってかれてるなんて。ただ、刀をテメェの魂として、自分の命なんて誰にも必要とされていないってそう思って生きていけるはずだったのに。大事な物が出来ると、厄介な思考がつきまとっちまう。

「ごめん。」

俺を抱きしめる腕に力が入る。けれど苦しくない。心地いい力だった。
その身体が離れると、土方は一層優しいキスをくれた。自分が想われていると意識させてくれる。

「・・・ひじ・・・かた・・・。」

そっとその唇を離すと、いつものようなあの笑顔で俺を見ると、ポンポンと俺の頭を叩いて立ち上がった。
え・・・。帰るのか?俺は、もっとお前と・・・

「かっ帰るなよ。」

つい、口を滑らせた。

「や、その・・・もう、遅ぇしよ、寝床、貸してやってもいいんだぜ。」

なんとなく相手の顔が見られなくて、目を逸らしながらそう言う。すると向けた右耳にヤツの鼻で笑う声が聞こえた。

「くくっ・・・なんだそれは。そんな言い方しかできねぇからテメェはモテねぇんだよ。」
「なっ。」
「本当はどうしたいんだ?言わねぇなら帰るぜ俺は。」

土方が障子に手を伸ばした。俺はとっさに口を開く。

「まっ・・・もっとお前と一緒にいた―――」

言い終わる前に押し倒された。なんだよ。言えって言ったのはお前なのに。大体、お前だってさっき本当のこと言おうとしなかったくせに。・・・似た者同士・・・バカみてぇ・・・。

「仕方ねぇから泊まっていってやるよ。」

楽しそうな顔してやがる。

「素直じゃねぇヤツ。んっ・・・。」
「黙れよ。」

深いキスに俺は口ごたえをする事が無駄に思えた。



大事なモンが増えすぎた。
俺の生き死にでテメェの心が動いちまうような相手ができちまった。

こりゃ、簡単に死ねそうにない。
コイツにあんな表情させるわけにはいかない。


ほんと、ざまぁねぇぜ。俺も、お前も。







「なぁ。お前、何気にさっきマヨネーズを馬鹿にしたよな。」
「え゛・・・。」
「覚悟しとけよ。」

ヤツの笑顔に光が見えた。どす黒い色の。


ア、アレ?俺今すごくいい締めを決めたはずなのに。な、何この展開。ちょっ、え・・・






「いっ・・・いやだぁぁぁーーーーーー!!やっぱ帰れーーーーーーー!!!!!!」









*アレ?タイトルと合ってなくね?すみません土方弱くなりました。あの時土方が万屋に来たのは銀時に会いに来たんだ!!と勝手に妄想して書きました。・・・これの裏とかそのうち書けたら書きたい。