笑顔の理由を僕は知らない 「ナイスボール!」 心地いいミットの音に、俺は素直にそう声を出す。ボールを投げ返すと嬉しそうに笑うのは、俺とバッテリーを組んでいる三橋。春に初めて会った時はずっと緊張しっぱなしで、俺が投げ返すと必要以上にキョドっていたのに 「三橋!もう一球!」 最近は本当に練習が楽しいといったように笑う。まぁ、元からコイツの投げる事への好奇心は異常なものだったし、投げること自体は楽しくて仕方ないんだろうけど。俺が相手で強張っていた最初とはやっぱり違う。 正直俺も、三橋の球を受けるのは楽しかった。 「なぁ、帰りコンビニ寄ってかねぇ?」 着替えの最中水谷がそういうと、誰からともなく賛成の声が上がる。俺達はたまにこうして帰りに買い食いをする。練習が終わって皆めちゃくちゃ腹減ってて、家に帰る前にちょっとつまみ食いする感覚で。その時に交わすくだらねぇ会話も、なんか青春ぽいとか思えて嫌いじゃない。 それぞれ着替えを終えたら校門に集合にすることにした。今日の鍵閉め当番は俺。ゾロゾロと出ていく部員を見送って、そろそろ俺も・・・と部室を見回して、唖然とした。 三橋、まだシャツのボタン留めてる。 「お前・・・。」 「あ、う、ご、ごめん。あの、俺ボタン、がっ・・・。」 だってさっきコンビニの話してるときからやってなかったっけ?なんでこんなに遅いんだよ。 呆れて1つ息を吐くとじわりと三橋の目に水溜りが出来て、何度もごめんと謝られた。 「なんでそこで泣くんだよ!」 「ごっごめん、な、さ――」 「口動かす前に手動かせ。」 「はっう、うん。」 グスグスと鼻をすすりながら、多分涙のせいで見辛くなった手元でさっきよりも覚束ない手つきでボタンを閉める。こりゃまだかかりそうだと思って、俺は携帯で花井に先に行くように伝えた。するとまた三橋から涙混じりの謝罪の言葉。確かに遅い事に若干イライラはしたけれど怒ってはいない。 ・・・俺、そんなに怖そうに見えんのか?なんていうか、そういうの少し傷つくよなとか思ったり。 「お、終わった!お待たせっ!」 「じゃあ先行けよ。俺鍵返して来るから。」 三橋を外に出して消灯確認を済ませて部室の鍵を閉めた。そしてそれを職員室まで返しに行って、チャリをとって校門まで行くと、先に出たはずの三橋が立っていた。 「先行けっつったじゃん。」 「で、でもっ阿部君、俺、待っててくれたから。」 いや、だって俺鍵当番だったんだから部員が全員帰るまで待つだろ。 「だからっ俺も、阿部君、待ってたんだ。」 思いっきり笑顔で、けど少し顔を赤らめてそう言った。待たなくてもいいのに。変なところ、律儀なんだよな。 「まぁ、じゃあ行くか。」 「うんっ。」 チャリに跨って漕ぎ出す。六月になったばかりの夜はまだ少し肌寒い風を吹かしていた。けれどその風が練習後の火照った体には丁度いい。チャリを漕いでいるとその風をより感じられる。風の向かう方に顔をやると、三橋が俯き加減でチャリを漕いでいた。頼むからちゃんと前見ろよ。・・・って俺もか。 こういう時、俺はあまり自分から話しかけたりはしない。沈黙が辛いと思わないから。けど、三橋の表情からすると、何か話す言葉を必死に探しているようだ。まだ出会って数ヶ月なのに、俺は最初に比べると大分三橋の事が分かってきた気がする。三橋はこの沈黙が耐えられないんだ。別に放っておいてもいいんだけど、とりあえず話しかけてみる。 「なぁ、三橋さ。」 「なっなにっ?」 なんでそんな嬉しそうな顔すんだよ。話しかけただけなのに。 「あー・・・コンビニで何買う?」 「う、えーと・・・あ、アイス!」 「お前ホント好きだなー。前もアイスだったじゃん。」 「お、覚えてるの?」 「そりゃ、アイス両手にしてたら覚えるよ。まだ寒かったのに。」 「ウ、ヒ。」 覚えてくれてたんだって言ってまた三橋は嬉しそうに笑った。いちいちそうする三橋になんだか色々毒気が抜けていく。 「あ、阿部、君、は、肉まん、だよね。」 「なんだよ。お前だって覚えてんじゃん。」 「あ、・・・う、うん。」 多分、三橋のアイス好きには負けるけど、俺はコンビニの肉まんが好きだ。買い食いの王道っていうか、手っ取り早く腹に溜まるし。 「ま、だ、あるかなっ。肉まん。」 「今時のコンビには夏でもおでんあるし。あるだろ。」 「だねっ。」 また楽しそうな笑顔を向けられた。それが屈託なくてつい可愛いとか思っちまう俺は、おかしいのかもしれない。 そんな事を考えている内にコンビニについて、外では先に出て行った奴等がもう買い終わったものをほお張りながら話していた。 おおい、と手を振られて、俺と三橋も軽く返してその輪の中に入っていった。 今日は泣き顔も見たけど、楽しそうに笑う三橋をいっぱい見た。 何がそんなに三橋に笑顔を与えているのか、この時の俺には分からなかった。分かるはずもなかった。 俺は自分で思っているよりもずっと子供で、ずっと無知だったんだ。 *おお振り初作品です。物凄くほのぼのですみません。友情(?)アベミハ。 続きます。。。 |