君に弱い



一年の夏が終わった。

『一年生だけの新設チームにしてはよく頑張った』
周りの大人達は口々にそう言ったけど、頑張ったの一言で済むものじゃない。悔しかった。もっと上に行きたかったし、俺達はもっとやれると思っていた。本当に悔しくて、皆どれだけ泣いたか分からない。

俺達、本気で野球やってるんだよな。

一か八かで入った無名の高校で、こんなにすげぇ仲間に会えるなんて思わなかった。

来年の夏は、絶対に甲子園に行く。


「あー、なんか気ぃ抜けるよなぁ。」

昼休みの七組でそう声を上げてパンにかぶりついたのは水谷。続いて目の前にあったパック牛乳をストローでちゅーちゅーと音を立てて吸う。

「なぁんか夏大終わっちゃったしさー。目標がないっつーかさー。」

溜息交じりの声を出しながら口をもごもごさせる。その水谷の頭の上に軽い拳骨が降ってきた。

「イッテ!」
「腑抜けてんなよ。負けたからこそ、もっと練習しなきゃいけねぇんだろーが。」

便所から帰ってきた花井がまったく・・・と言いながら俺達の横に机をつけて座った。コイツも、入った当初より大分キャプテンらしくなったと思う。
それに比べてコイツは・・・

「なぁ、今度の日曜さー他校の女子とカラオケ行くんだけど、行かね?」

変わらずヘラヘラして・・・いや、でもこの空気が場を和ませることもあるんだけど、なんか、たまに緊張感のなさにイラつく。

「お前、いつの間に知り合ったんだよ。」
「夏大の時。会場で意気投合しちゃってさ。」

花井はお前は何やってんだ!と水谷を小突いた。相変わらず水谷は笑っている。別に試合以外で何しようと構わないけど、よくまぁあの会場で俺達の見えないところでそんな事ができたものだとちょっと感心する。

「で、行くだろ?カッコイイの連れてきてって言われてんだよー阿部!」
「なんで俺には振らないんだよ!」

乗り出して俺に問いかける水谷に花井がすかさずツッコミを入れた。なんだかんだ言いつつもやっぱり高校生。花井も興味があるんだろう。けど、俺は

「行かね。」

即答した。

「なんでー。練習ないし、どうせ暇なんだろー?」
「三橋とシューズ見に行く約束してんだ。」
「阿部くーん、美少女と野球少年と男にとって大事なのはどっちだと思う?」
「野球。」
「答えになってないよ。」
「アイツ中学ん時から靴変えてねぇんだよ。ボロい靴履いてマウンドで踏ん張りきかないと困る。」

淡々と話しながら最後の一口を食い終えた。
三橋の靴は春からの猛練習と夏大を経て、もう相当ボロボロになっていた。つま先なんか擦り切れてたし、買い換えたら?と俺が提案したら、いつもの様にオドオドしながらどれを買っていいのか分からないと言った。だから、一緒に買いに行くことにした。丁度、俺も見たい物あったし。したら、それはもう嬉しそうに笑って。
「あ、阿部君とい、いっ一緒に、買い物!!」
と着替えるのも忘れたようにはしゃいでいた。分からなくもないんだ。多分中学の時に、友達と一緒に買い物なんて行かなかったんだろうし、ココでもこれまで練習練習でゆっくり買い物なんて出来なかったし。だから、きっとアイツにとってはすげぇ事なんだと思う。けど、何もあんなに周りをキラキラさせて喜ばなくても・・・

「何ニヤニヤしてんのー阿部ー?」

水谷に指摘されて我に返る。しまった。思い出し笑いしてたか?

「あ、いや。なんでも。」
「はー阿部は女より三橋がいいのね。」
「女に興味ない。」
「わっ!花井!この子言い切ったよ!!阿部はホモなんだって!」
「んな事言ってねぇだろーが!!」

何言い出すんだコイツは!水谷に拳を振り上げると花井が慌ててやめろと止めに入る。教室を逃げ回る水谷を追う俺。それを止めようと更に後ろから追う花井。どこからともなく聞こえてくる周りの奴等の「やれやれー」「また野球部やってるよ」と野次の声。七組は一気に騒がしくなった。

「おっ何何ー?鬼ごっこ?俺も混ぜてー!!」

教室の入り口から田島が顔を覗かせながらそう言った。

「おっ田島〜。」

手を振って減速した水谷を俺は見事捕らえ、ニヤリと笑った。目の前の水谷の顔が引きつって笑うのが見えた。

「なぁなぁ、誰か数学の教科書持ってねぇ?」
「何だよ忘れたのか?」
「部屋に放っぽいといたらどっか行った。」
「お前なぁ・・・。まぁいい。俺の貸してやるよ。」

花井と田島のそんなやり取りを聞きながら、水谷への攻撃に成功した俺は、ふぅと一息ついた。水谷は横でのびている。自業自得だ。

「あ、もう一冊貸して!」

田島がそう言うと、その後ろからぴょこぴょこと茶色い髪を揺らして小さくなった三橋が遠慮がちに現れた。
もしかして・・・

「お前も忘れたの?」

俺がそう聞くと、ビクッと体を強張らせて恐る恐る三橋は頷いた。・・・まったくこいつ等は・・・。

「なんで前日に用意しとかねぇんだ。」
「ごっごごごめん、なさ、い。あ、う、俺も、どっかやっちゃっ・・・。」
「そそ。俺達仲間なんだよなー。」

能天気に笑う田島は放っといて俺は三橋の頬の両端を摘んて思いっきり引っ張った。失くした?まだ半年近くあるんだぞ?いくら数学が嫌いだからって失くしてどうすんだ!

「いっいひゃいっ!!」
「こんのバカ!!今日帰ったら即探せ!分かったか!?」
「はっはひっ!!」
「見つかんなかったら日曜買い物行くのやめるからな。」

俺がそういった瞬間、一気に三橋の目にプールが出来た。
泣かせるつもりはなかったんだけど。

「さ、さがすっ!絶対、きょ、今日見つけるから!」

だから、一緒に・・・そこでもう言葉にならなかった。本格的に泣き出した。コイツの涙はずるいんだ。コレを見せられるとそれ以上強く怒れない。声を荒げても怒気はないし、更にびびらせちまうだけ。

男は女の涙に弱いって言うけど、俺は三橋の涙に弱いらしい。

倒れていた水谷が「あーあ泣かしたー」なんて言うもんだから、もう一発ケリをお見舞いしてやった。

「嘘だっつの。」
「へ?」
「行くよ日曜。けど、教科書もちゃんと探せよ。」

溜息をついて頭を軽く叩いてやると、三橋は笑って力強く頷いた。

「今日は俺の使いな。」
「あ、りがとう。阿部くん!」
「待ってろ。」

俺は自分の席に教科書を取りに行く。
うん、やっぱり三橋は笑ってる方がいい。笑ってる方が俺は――


・・・ん?俺は・・・なんだ?


今、何を考えてた?



俺は頭を横に振って、一瞬浮かんだ不可解なものを吹っ飛ばした。


「どうした?教科書見つかんないのか?」

横を通る花井の声に

「いや、なんでもない。」

平静を装って答えた。

教科書をカバンの中から取り出して、俺は三橋に手渡した。

ありがとうと笑う三橋。

俺はおかしい。三橋の笑顔にも弱いみたいだ。

だって、それを見ると、俺の顔も緩まるのが分かるんだ。




日曜は、三橋と買い物・・・か。










*なんとなく続きみたいな。水谷が出しゃばっている。