恋と言うには幼すぎて ずっとそこは私達の世界だった。 家族のような、友達のような、フワフワした、だけど太い鎖で繋がっているそんな関係。 過した時間は私の今までの人生を振り返ってみればほんの微々たる物だけれども、もちろんそれは年上の彼らにとってはもっともっと小さな時間なんだろうけど。それでも私にとって、三人でいる時間は、空間はとても濃度の濃い物だった。 三人でよかった。 だから、小さなゴミでもあるとすぐに目に付く。 ましてやソレは最初こそ小さかった物の、今はもう大きくて排除しきれない物になっていた。 特に、銀ちゃんにとっては。 「来るなら来るって言えよコノヤロー。」 アイツが来ると銀ちゃんは文句を言う。 「こっちにだって予定があんだよ。」 嫌な顔をする。 「ま、丁度夕飯作ったとこだし?食わせてやってもいいけどー。」 だけどその声はいつもより少し高めで、嫌そうなその顔をアイツから見えないように逸らすと、ほんの少し赤らめて嬉しそうに笑うのを私は知っている。 銀ちゃんは、アイツのことが好きだ。 私達よりも? ねぇ、私達よりもそいつが大事なの? やめてよ。 そんなに嬉しそうな顔しないで。 こっち見てよ。 銀ちゃん。 いつか、私達を置いて、ソイツを選ぶの? 「アレ?チャイナ。何やってんでィ。」 ある晴れた日。私は定春を連れて河原に来ていた。定春が駆け回っているのを横目に、土手に寝転がって空を見上げていると、上から覗き込まれ、声をかけられた。 「見て分からないアルか?定春の散歩ネ。」 不機嫌に返してしまうのは、彼が着ている服が、アイツと同じだからだ。 「散歩中は目を離しちゃダメだろィ。見ろ。あの犬子供を襲ってるぜィ。」 「違うね。アレは追いかけっこをしてるアル。」 「お前の目はソレ飾りか?」 沖田はため息をつくと、子供にじゃれている定春の正面まで走っていってバズーカをどこからともなく取り出した。 「ちょっ、何するネ!!」 私が駈け寄るそれより先に、バズーカをぶっ放す。私が目を瞑った瞬間、想像していたよりずっと軽い音が鳴った。 おかしいと思いながらゆっくり目を開けると、バズーカの先からは骨が飛び出していた。 「バカ犬。これでも食って大人しくしてろィ。」 定春はそれにかじりついた。沖田がその頭を撫でると「ワン」とまるでお礼を言うように鳴いた。 「ちゃんと餌やってんのか?」 私の処に戻りつつ沖田は話しかける。 「お前には関係ないネ。文句があるなら銀ちゃんに言うアル。」 「なんか今日は随分イラついてるようだなァ?」 「放っとくアル。大体お前なんでこんな処にいるネ。仕事しろよ。」 「土方さんを探してるんでさァ。」 コイツはバカだ。私が今一番聞きたくない奴の名前を出してきた。不機嫌なのが更に不機嫌になることくらい察しろ。 アイツは今銀ちゃんと一緒にいる。 昨日か今日か分からない夜中、アイツは万屋に来た。昨日からなんとなく気付いていた。だって銀ちゃん、変にソワソワして、夜になったらやたら私の世話を焼いたから。「歯は磨いたか?」「夜更かしは肌に悪いぞ?」「布団ちゃんとかけて寝るんだぞ?」 つまりは早く寝ろって事。 悔しいからいつも起きてやろうかと思うけど、でも銀ちゃんがあんまりにも幸せそうにしてるから、だから大人しく押入れに入る。そうして暗い中でなんだか寂しくなって少し泣きそうになりながらいつの間にか眠ってしまう。 昨日もそうだった。そして今朝起きてくると、珍しく銀ちゃんが起きていた。何してるのかと思ったら朝食の用意。いつもは新八に起こされてから一緒に作るか、新八が作るかなのに、私が起きた時にはもうテーブルの上に美味しそうに焼けた目玉焼きとご飯と、昨日の残り物のお味噌汁が湯気を立てていた。 三人分。 一瞬新八の分かなって考えたけど、新八は大体いつも家で食べて来るから違う。きっとこれは 「んあ、なんか良い匂いすんな。」 ガラリと音を立てて空いた襖の奥から、紺の着物をゆるく着た黒髪の男が眠そうに出てきた。いつものかっちりとした制服姿の時とは違う雰囲気を漂わせながら。 「コレ、全部お前が作ったのか?」 「目玉焼きくらい誰にでも作れんだよ。飲み物イチゴ牛乳でい―――」 「茶くれ。」 「イチゴ牛乳否定したなテメェ。」 ソファに座る。・・・そこは、私の席なのに。銀ちゃんの隣に座るのは私なのに。 「よぉ。チャイナ。」 タバコに火をつけて私に話しかける。いつもはない灰皿がちゃんとヤツの前に用意されていた。ソレを目にすると余計にイライラする。 「・・・なんでお前いるアルか。」 「あぁ、コイツが―――」 「あ、なんか多串君が俺に話があるって夜中突然来やがってよー。」 お茶を土方に差し出しながら銀ちゃんは少し焦りながらそう言う。 嘘つき。 本当はそんなんじゃないくせに。 子ども扱いしないでよ。知ってる。二人が恋仲なのは。話をしにきたんじゃないんでしょ。会いに来たんでしょ。会いたくて、銀ちゃんもコイツも、お互いに会いたくて。 それくらい知ってる。 知ってるもん。 私はご飯を飲み込むように勢いよく食べると、大きなゲップをして立ち上がった。 「神楽?」 「定春の散歩行ってくる。」 「え、ちょっ、どうしたんだよ。」 銀ちゃんが掴んだ手を私は払った。 「触んないでヨ。」 後はもう、振り返らないで玄関を飛び出した。 走る後ろで銀ちゃんが呼ぶ声がしたけれど。 汚い。 私だけ何も分からないと思ってるの? バカにすんな。 「なぁるほど、やっぱり旦那のところか。」 沖田の声でハッと我に返る。 私の表情から何か読み取ったらしい。 「な・・・。」 「ガキだなぁテメェは。さしずめ旦那が土方さんとイチャついてんのが気に食わねェってとこか。」 顔が赤くなったのが分かる。なんでコイツにそんな事言われなくちゃいけないの?何も知らないくせに。私は手を振り上げ、それを沖田の頬目掛けて振り下ろした。 けれどそれはいとも簡単に沖田に掴まれてしまう。 「図星ってトコかぃ?」 「お前、ムカつくネ。」 「そりゃ結構。ガキに嫌われても痛くも痒くもねェ。」 嫌い。 嫌い。 皆嫌い。 お前も アイツも 銀ちゃんも。 「あーあ。全く、俺も傍からから見たらこんなんなのかねェ。」 「何のことアル。」 「俺もガキってことでさァ。」 沖田は私の横に寝そべる。さっきと逆の構図。私はソレを見下ろす。 「俺もヤツに大事なモン奪われた口でねィ。お前の気持ちがわからねェでもねぇんでさ。」 一体何のことか分からない。あんなに仲良さそうにしておいて、彼の今の表情は本物だった。少し悲しげな笑顔。 「けど、悔しいが奪ったんじゃねぇって気付いちまったんでさァ。皆、あの人の何かに惹かれたんだ。自ら付いていっちまう。あの人が突き放しても、付いて行っちまうんでさァ。ま、ソレが分ったところでいけ好かねぇ事には変わらないけど。」 分ってる。 アイツが悪いわけでも、銀ちゃんが悪いわけでもないって事くらい。私が銀ちゃんの傍にいたいと思うのと同じように、誰かが誰かを想って、傍にいたいと思うのは当然の事なのに。それでも、それでもなんか 「ムカつくんだもん。イライラするんだもん。」 「知ってまさァ。」 「アイツばっかりって思っちゃうんだもん。」 「そーだな。」 言葉を紡ぐと共に涙が零れる。拭いきれなかった涙が、沖田の顔に落ちる。コイツの前で泣くなんて不覚だ。泣き止もうと唇を噛むけど、我慢すると今度は鼻水が出そうになる。もう色々とグチャグチャだ。 と、その時、寝転がっていた沖田が私の手を引いた。私はそのままバランスを崩して沖田の上に倒れこむ。 「なっ何するネ!!」 「みっともねぇ泣き顔晒してんじゃネェよ。少しは隠したらどーだ。」 「うるさいアル!」 「タダで胸貸してやらァ。今の内に垂れ流すもん流しとけ。」 そう言って私の背中に回した腕に力を入れた。片手は私の頭を撫でる。 「お前に子供扱いされると腹たつネ。」 「違ぇよ。・・・やっぱガキだな。」 「違うって言ったばかりじゃねぇかぁぁ!」 私の声を笑いながら聞いている。この余裕がなんかムカつくけど、温かかった。イライラしていたさっきまでの気持ちがゆっくりと解かれていく気がした。 晴れた空の下、風が吹きぬける。 どれくらいそうしていただろう。心地よさに不覚にも少しうとうとしかけた時 「神楽ぁー!」 銀ちゃんが私を呼ぶ声がした。私は勢いよく起き上がって声のする方を見る。土手の上をゆっくりと歩く銀ちゃんが見えた。 「銀ちゃん!」 私が叫ぶと銀ちゃんは笑いながら手を振る。その横には、アイツがいた。 二人揃って歩いてくる。私は複雑な気持ちで二人が辿り着くのを待っていた。沖田は相変わらず寝転がっている。ここでまた嫌な顔をしたらガキだって言われるに決まってるから、絶対にしない。 「あー探したぜー。散歩なげぇからよ。」 「・・・探してたの?」 「おお。コレ、あんまん一緒に食べようと思ってな。」 「え?」 そう言って銀ちゃんはコンビニの袋からあんまんを取り出して目の前で半分に割った。ちょっと前に買ったらしい。渡されたソレは少しぬるくなっていた。私を探していたからだろうか。 「さっき100円拾ってさ。ツイてねぇ?」 「旦那。俺の分は?」 「アレ。沖田君いたの。想定外だからナイ。」 「旦那のくれればいいです。」 「オイィィ!!」 「諦めろ総悟。俺だって食ってねぇんだから。」 え・・・? 「そ。コレは俺と神楽で食うために買ったの。大体テメェら甘いモンに興味ねぇだろーが。」 銀ちゃんと私で食べるために? 「ん?どーした神楽。いらねぇのか?」 銀ちゃんと半分コ。 あんまんより肉まんの方が好きだけど、でも銀ちゃんが買ってくれたあんまんはもっと好き。 「食べて良いの?」 「当たり前だろ。そのために買ったんだから。ホラ、冷えるぞ。さっさと食っちまえ。」 嬉しい。 たった半分のあんまんなのに、なんでこんなに嬉しいんだろ。 一口かじると、口の中に甘さが広がった。 「散歩終わったんなら帰るぞ。新八と夕飯の買い物する約束してっから。お前も行くだろ?」 ずっとそこは私達の世界だった。 「うんっ。」 家族のような、友達のような、フワフワした、だけど太い鎖で繋がっているそんな関係。 大好きだから、貴方が笑っている顔が好きだから。優しい貴方が大好きだから。私に優しくしてくれた分、貴方が幸せになれるように私も優しくなりたいの。 けれどまだ、私はきっと子供だ。 世界には沢山の好きがあって、だけど、その違いが私にはまだよく分からないから、大人な貴方が遠くて遠くて貴方にあんな笑顔をさせる”好き”の意味が分らなくて。置いていかれそうで私は走る。 いつか追いつくから。 貴方の笑顔の意味が分るように。 「じゃ、行くか。」 「うん。」 「じゃーね。多串君。定春行くぞー。」 「ありがとな。サド王子!」 私は銀ちゃんの少し後ろを早歩きで歩く。口の中は甘い味。銀ちゃんがくれたあんまんの味。 「なんだかんだで旦那の一番じゃネェか。まだまだ俺は敵いそうもネェや。」 微かに芽生えるこの感情はなんて名前だろう。 言明するにはあまりにも曖昧で まるで掴めない雲のよう 貴方の事は好きだけど 恋と言うには幼すぎて。 *土銀←神←沖みたいなそんな構造。気分はお母さんを再婚相手に取られた娘のような?はたまた恋なのか?まだ好きの種類が分らない神楽を書きました。対抗馬の沖神初書き。 |