変わり始めた瞬間に(side土方)



学校はつまらない。
正直授業もくだらない。大体教科書を読めば分かる物ばかりだし、先生の雑談は雑音でしかない。俺が学校に行くのはダチに会うためと、部活に出るため。後はただタルイだけだった。

だからよく授業をサボって屋上で寝ている。もしくは勝手についてくる女とゲーセンとか。

将来警察になりたいとか言ってるヤツが聞いて呆れるけど、これでも受験勉強はちゃんとやってるんだから文句は言わせない。成績だってかなり上位の方だ。だから先生達も授業に出ろよと軽くはいうものの大してガミガミと小うるさく言う事は次第になくなっていった。


どいつもこいつも面白くないヤツばっかりだ。簡単な人間ばかりだ。
退屈な日常にもう嫌気が差していた。


始めて会ったのは、ヤツが赴任してきた時だ。
窓から外を見ていると、見慣れない男が後者に向かって歩いてきているのが見えた。スーツを着ているものの、なんとなくだらしなく着ていて髪はボサボサで、かったるそうに歩いている。
だからと言って別にその時は綺麗な銀髪だな、とそれだけで特に気にはしなかった。なんかの業者の人間だろうと思ったから。
けれどその日、五時間目が終わった後、課題プリントを取りに職員室に行った時に、またソイツに会った。というか見ただけだけど。何やらハゲた教師と話している。話を聞くヤツは至極つまらなそうな顔をして、相手の教師が笑ってもシラっとしていた。変なヤツだ。
何人かの先生がヤツに「坂田先生、よろしくお願いします。」と声をかけている。
そこで俺は気付いた。そういえばウチのクラスの担任が産休だかなんかでいない事に。ひょっとしたらコイツが臨時で担任になるのだろうか。

「おぉ〜銀八じゃなかとー!?」

職員室に入るや否や独特な九州なまりで誰かの名前を叫んだのは坂本先生。その声に振り向いたのはヤツだった。銀八・・・変な名前だ。

「たつま・・・。」

坂本先生の姿を視界に入れた坂田先生(一応名前も知ったし先生と呼ぼう)はシラけた顔を少し緩めて安心したように薄く笑った。

へぇあんな顔もするんだ

ハゲ教師が話している途中にも関わらず坂本先生は坂田先生に駈け寄り頭をぐしゃぐしゃとかき回す。そこに今度は高杉先生が加わって、その一角だけが職員室の中で賑わい出した。あの三人は知り合いなのだろうか。
チャイムが鳴り、六時間目の始まりを告げる。俺はプリントをボックスから取ると職員室から出ようと扉に手をかけた。そしてもう一度だけ騒がしいあの一角に目をやる。

笑っていた。

死んだ魚みたいな目をしていた坂田先生が笑っていた。

誰だって人間なら表情が変わるなんて当たり前の事なのに、何故かその笑顔が俺の頭を占拠して、六時間目の間、消える事はなかった。


授業が終わって部活に行くために廊下を歩いていると、太陽の光に何かが反射して俺の目をチラつかせた。光の正体は銀髪。ヤツだ。坂田銀八だ。ハゲ教師と一緒に校内を回っているらしい。なんで赴任初日から白衣がしわだらけなんだ?スーツ姿と同じく、どこかだらしなさが漂っていた。
ハゲ教師は楽しそうに学校の自慢話をしている。坂田先生はそれに飽きたのか窓から外を見下ろしていた。つまらなそうな顔で・・・というより、どこか冷めた顔で。大人の顔だ。俺達ガキを見る時のあの特有の。青春してるねぇと言って俺達から離れたところから見ようとする。
俺からすればそれは大人ぶってるだけにしか見えないけど。羨ましいんだろ?本当は俺達が。

そんなにつまらないのかよアンタの人生。

さっきみたいに笑ってみたらどうだよ。

俺は無表情の坂田先生の顔色を変えてやりたくて、そう思ったら行動していた。
わざと廊下を走ってぶつかった。
尻餅をつく。

驚いた顔をしている。また一つ坂田先生の表情を知った。

「先生、メガネは?」

ハゲ教師の言葉に、校庭を見下ろした。微かに太陽に反射するレンズが見えた。やべぇ、メガネを落としてしまったらしい。
とりあえず謝って、俺を探しにきた女子マネージャーに連れられ部活に向かう。そして着替える前にさっきのメガネが落ちているところまで行ってソレを拾った。そしてまださっきの場所にいる坂田先生に向かって、後で職員室に届けに行くと叫んだ。いらないと言うが、メガネがなきゃ見えないだろうし第一勿体無い。届けに行くことを約束して俺は仲間達のトコロへ走っていった。
走っていく途中メガネをふと見ると、レンズじゃなかった。ただのプラスチック。

「何だコレ・・・ダテメガネじゃん・・・。」

なんでこんなものをかけているのか。よくよく分からない先生だ。


後で聞いたらかけてた方が頭がよく見えるからという理由らしい。くだらないけれど、面白かった。

思えば、俺がこんなに誰かを気にするなんて初めてだったかもしれない。

何かあったわけじゃない。ただ何となく気になっただけだ。

けれど気になりだしたら止まらなかった。

気になって、気になって、職員室で見た寝顔が年上なのに案外可愛いこととか、支えたその体が同じ男なのに軽く感じたりとか、いちいち俺は坂田先生に反応した。

そしてふと見せる寂しそうな顔も。

気になってしょうがなかった。


だから、


アンタのその表情を変えてみたくて、


興味本位で


キスをした。


男とするのは初めてだ。大体好きでもないし。

唇を重ねると、坂田先生の唇は思っていたよりもずっと柔らかかった。軽くするだけのつもりが、俺は言葉を発しようとして開けた坂田先生の唇を割って、舌を入れた。あの冷たい表情の坂田先生が抵抗する。目を開けると初めは硬く瞑っていたそれが、少し潤んで、柔らかくなっていくのが分かった。

俺はおかしいのだろうか。

それに触発されて、まるで女にするみたいに・・・いや、それよりもずっと丁寧に坂田先生を味わった。甘ったるい味。飴を舐めているみたいだ。
少しすると抵抗していた坂田先生の腕が俺の服を掴む。そして吐息と共に小さな声を漏らした。その様子に不覚にも眩暈を感じる。男に対してそんなことを感じるのは変なのかもしれないけど、いっそこのまま・・・なんて考えすら浮かんでしまう程、俺は夢中でキスをした。

そこでやっと我に返る。
何やってんだ俺は。
このままじゃ理性を抑えていられる自信がなかった。俺だって健全な男子高校生だ。

唇を離して坂田先生の顔を見ると、目をトロンとさせて、口元には光る一筋の糸。思わず

「スゲ、先生エロい。」

口から漏れた言葉。
余裕があるように見せたくて、いつもの様に笑うと、俺は理科準備室から一人外へ出た。出たらもう駆け足で階段を下りて玄関へ向かった。

ヤバイ。

ヤバイ。何だコレ。

俺はさっき何をした?誰に、一体何をした?

思い出すだけで体が熱くなって、その場にしゃがみこんだ。

「ヤベェだろ・・・コレ・・・。」



それからはもう、学校で見かけるたび、先生を目で追う自分がいた。
けど気付かれないように、何もなかった風を装う。それでも俺の行動は変わった。まずは授業にまともに出るようになった。それから朝のHRも遅刻しなくなった。なんでかなんてよく分からなかったけど、けれど俺のその行動によって坂田先生が他の教師から誉められているのを聞くとなんとなしに嬉しい気持ちを抱いた。
だって誉められて嫌な気持ちになるヤツはいないだろ?だから、多分そうだ。俺はあの冷たい目が、温かく笑うところを見てみたかったんだと思う。

たまに視線が合うと、先生は目を逸らした。

そりゃそうだ。いきなり生徒に、しかも男にキスされて、それで動揺しない方がおかしい。ホモとか思われたんだろうか、嫌われたんだろうか。そう思う度に胸がズキズキと痛むのを感じた。

それはまるで恋のように。

恋?

俺が坂田先生を好きって事か?

そんなバカな・・・。

相手は男だぞ。しかもだらしないマダオ。

けれどまとわり着いてくるそこらへんの女より、よっぽど俺の目を引いた。

じゃあやっぱりこれは・・・?いや、でも・・・


俺の思考はある一点を行ったり来たりして、やっと一つの答えにたどり着いた。
そしてあの日、約束の放課後、俺は先生に告白することになる。


俺が先生を好きだと確信したのは、あの出来事があったからだ。


それは、先生とキスをしたあの日から少したった日の事だった。






*続きます。土方sideのストーリー。