決定打は・・・(side土方)



そのうち気付かれるんじゃないだろうか。
こんなに目で追って、あ、また目が合った。・・・避けられた。
その度に胸をかきむしりたくなる衝動に駆られる。何でこんなにイライラするんだ。

俺が銀八を好き。

・・・それはないだろ。相手は男だし。俺はホモじゃないし。
きっと新しい玩具だから目に入るだけだ。きっとそのうち飽きる。そうだ、忘れろ。キスしたことなんか、忘れちまえ。

「オラー席につけテメェら。」

朝。教室のドアを開けて入ってきたのは保健医の高杉先生だった。おかしい。いつもなら朝のHRは坂田先生のはずなのに。

「高杉せんせー。銀ちゃんはどうしたアルかー?」

ビン底メガネの神楽が手を上げながら聞いた。

「神楽ぁ、先生をちゃん付けで呼ぶな。友達かお前は。坂田先生は風邪で少し遅れて出勤してくるそうだ。お前らの授業には間に合うから安心しろ。」

風邪というところでもしや自習かとざわついた教室は、最後の言葉で不満の声に変わった。
そうだ。無理して来る事なんかない。誰も真面目に授業を受けようなんて思ってないんだから、体に無理させてまで来なくていいから家で寝てればいいのに。教室の殆どが自習にならないことを残念がって来なくていいのにと思っていることだろう。その中で一人俺は、先生の体調が気になっていた。




午後初めの五時間目、チャイムから少し遅れて坂田先生が入ってきた。いつものようにヨレヨレの白衣と煙の出るペロキャンを咥えて。けど、いつもより少し顔が赤い。熱があるんじゃないだろうか。

「はい、ごうれーい。」

かったるそうにそう言うと、クラス委員が号令をかけた。ただでさえいつもかったるそうなのに、今日はそれに加えて体調的なダルさが見える。声もいつもより出ていない。これは、相当無理して出てきたんじゃないだろうか。
時々額に手のひらをつけて、そのまま髪をかきあげる。その度に汗が光ったのが見えた。確かに最近長袖だとちょっと暑いって日はあったが、今日はそんなことはない。むしろシャツの上に白衣を着たくらいが丁度いい。それなのに、汗をかいて肩で息をしてるって事は、熱があるんじゃないのか?
なんで来たんだよ。
いつもつまんなそうな顔で俺達の事見てるくせに、なんで真面目に授業なんかやってるんだよ。

また、目が合った。

けど先生は弱々しく目を黒板に戻した。
いつもとは違う。胸がざわついた。

「坂田先生。」

授業が終わると、俺は先生に声をかけた。

「あ、多串君・・・?何?」

教材をかごに詰めながら俺に答える。いつもよりゆっくりなその動作を俺は手伝う。

「先生帰った方がいいんじゃないですか?」
「なんで。」
「だって、辛そうじゃないですか。風邪なんですよね。熱は?」
「んー。知らない。」
「は?」
「計ってない。」

面倒だから計ってないと言われた。朝起きてだるくて動けなかったけど、起き上がれたから来たというのだ。遅れてくるっていうからてっきり病院に行ってきたのかと思ったのに。

「帰った方がいいですよ。」
「でも六時間目授業だから。」
「自習にすりゃいいじゃないですか。」
「ダーメ。あのクラス遅れてるから。」

ああ、ちゃんと生徒のことをこの先生は考えているんだ。だから風邪引いても学校に出てきた。いつもの表情の裏にはきっともっと俺の知らない先生がいる。

「あー。タバコ吸ってからいこーっと。」

そう言うとかごを持って教室から出ていく。その足取りはちょっと小突いたら倒れてしまいそうによたよたとしていた。俺はいたたまれなくなって、運んでやると言ったのに

「いいから次の授業の用意でもしてなさい。」

あっさりと断られてしまった。追いかけようとしたけど手を振られて、なんとなく追いかけられなかった。いらないと拒絶されるのが・・・怖かった・・・?のかもしれない。

・・・やっぱ俺変だわ。

何考えてんだ。目の前に病人がいりゃ、手差し伸べてやんのは普通だろ。何で躊躇してんだよ。

悶々としながら、フラフラと千鳥足で歩いていく坂田先生の後姿を、俺はただ見つめていた。




頼って欲しい。なんて、高校生が先生に言うのはおかしいけど、なんでこんなにも心配なんだろうか。たかが風邪なのに、弱っている先生を見ると、とたんに守りたいと思ってしまう自分がいた。この感情は何だ?なんなんだよ。

「土方ー!ボール行ったぞー!!」
「え。」

仲間の声で濁った視界が開ける。辺りを見回すと、丁度俺の頭上にボールが降ってきていた。一瞬の判断が遅れて、そのボールは俺の頭を直撃した。

「ってー!!」
「何やってんだテメェェェ!!!」

監督の怒鳴り声と一緒にボールは地面を転がる。痛がっている場合じゃない。俺は落ちたボールを一気にホームまで投げ返す。けれどももうランナーは帰っていて、点を取られた。学校内の練習とは言えこれはまずい。こんなミス今までしたことがない。
監督が睨んでいるのが見えた。
そしてある程度予想していた言葉が飛んできた。

「たるんでる!グランド十周してこい!!」

ひとつため息をついて、グローブを手から抜くとグランドを走り出した。他のメンバーはゲームを続けている。先生の事を考えていて意識飛んでたなんてバカげている。そう思うのに、走っている間もずっと、辛そうな先生を思い出していた。今何してるんだろうとか、保健室にでも行って薬は飲んだだろうかとか・・・。本当にどうかしてる。俺の頭。

グランドを何周しただろうか。軽く息が切れるくらい走った頃、木の陰に何かが見えた。それは人の形をしていて、白いシャツを着ていて、銀色の髪を・・・

あまりにも考えすぎて幻影まで見出したのかと思った。けど、違った。その木の前を通り過ぎて振り返ると、俯いてもたれかかっている先生の姿がはっきり見えた。
俺は思わず振り返った方向へ走る。監督に見つかったらまた怒鳴られるだろうけど、そんなのはどうでもよかった。木にもたれかかる姿が余りにも弱々しく見えたから。足が勝手に動いた。

「坂田先生!」

俺が駈け寄ると、焦点の合わない目で目線を合わせる。・・・久しぶりにちゃんと目が合った気がした。

「部活中でしょーが。何やってんの。」

息の切れた掠れた声。

「それはこっちのセリフです。何やってんですか。」
「見てわかんないの。帰るんだよ。」
「木にくっついて?」
「ばぁか、ちょっと疲れたからよっかかってただけだ。」

もたれていた体をなんとか起こす。

「待てよ。」

歩き出そうとした先生の腕を掴んで、額に手を当てた。
熱い。
走って体が温まっている俺よりもずっと。顔も赤い。明らかにさっきよりも熱上がってんじゃねーのか。

「先生、熱酷いですよ。」
「あぁ。どーりでダルいわけだわ。さっさと帰って寝よ。」

また教室から出る時と同じようにふらついた足取りで歩き出す。じゃあねと後ろ手に言うとそのまま校門に向かう。
明らかに危ない足取り。そのまま家まで帰れるのか?途中でぶっ倒れたりしねぇだろうな。心配なら追いかければいいけど、けど、もしウザイとか思われたら・・・

ん?

なんだこの女々しい考え方は。

だから、目の前に病人がいたら助けるのが普通だろ。何考えてんだ俺は。

相手が誰だって

誰だって・・・

「っあー!!クソ!!」

俺はデカイ声で早退しますと叫んでグラウンドから走り出した。遠くから監督の声が聞こえる。けど、今の俺にとってはただの音だ。俺の足は、一切の音を無視して校門に向かった。校門を出るとすぐ傍の塀に先生が手をついて立ち止まっていた。
後ろから見ても肩で息をしているのが分かる。
駆け寄って声をかけると、話すのもダルそうに今度は何と聞き返された。

「家まで送ります。」

俺がそう言うといいと断られた。けど、ここで引き下がれない。こんなふらついたオッサン、途中で倒れたら迷惑だろ。何より、俺が心配で放っておけない。

「俺につかまってください。」
「いいって。部活戻れよ。」
「じゃあせめてタクシーで帰るとか。」
「そんな金ない。」
「だったら―――」
「いいから。高校生は青春してなさい。オジサンは一人で帰れるから。」

まただ。

なんで子供扱いすんだよ。

ムカツク事言うなよ。こんなに弱ってるくせに。

「こんな時に高校生もクソもあるか。病人はなぁ甘えられるっつー特典があんだよ。さっさと掴まれ。それともなんだ、おんぶしてやろーか。」

俺は坂田先生の目の前に跪いた。周りが一斉に俺達を見る。

「バッ、やめろ。何やってんだ。」
「送らせてくれるってんならやめます。じゃなきゃ何度でも先生の前でこうしてやるよ。」

力の入らない力で俺を立ち上がらせようとする。けれど当然持ち上がるはずもなく、俺の服を引っ張る手が背中をすべり、先生はバランスを崩すと俺の背中に覆いかぶさった。

「おんぶの方がいいですか?」
「ちっ違っ!!・・・分ぁったよ。素直に甘えるわ。・・・だから、その・・・掴まらせてください。」

熱で赤くなった顔がより赤くなったように見えたのは俺の気のせいだろうか。なんか、可愛かった。また可笑しなことを言っていると思われるかもしれないけど、でも、渋々俺の腕を借りて立ち上がる先生が可愛く見えた。
立ち上がって、俺は先生の脇から腕を入れて腰に手を回し支えた。先生は片手で俺の背中を掴んでゆっくりと歩き出す。聞くと家は割と学校から近いらしくて、歩いて15分くらいだそうだ。歩いていく中、少しの視線は気になったものの、相手が病人だと一目瞭然のため、チラッと見るだけで皆通り過ぎて行った。

「ありがと。大分楽・・・。」

体重を少し俺にかけて先生は小さな声で呟いた。心臓がトクンと音を立てる。こんなに近くにいたら、心臓の音が伝わっているんじゃないだろうかと思う。現に坂田先生の心臓は熱のせいかとても速く俺に伝わってきた。俺の心臓もまた速く大きな音を立てていた。

「着いた。この二階。俺の家。」

15分か20分か歩いて着いたのはボロッちいアパート。築何年だっていう造りだ。その二階にある一部屋が先生の家。俺は先生を支えたまま外階段を上がると、先生が鍵を開けるのを待って、なんとか靴を脱いで上がった。外見がぼろい割にはキッチンもトイレもついていてわりと広く感じた。部屋の真ん中には布団が敷きっ放しになっていて、先生はそこに倒れこんだ。

「あー・・・ありがとなー。」
「いえ。」
「じゃ、また明日。お礼は今度するわ。」
「先生薬は?」
「ねぇよ。んなもん。」
「じゃあ夕飯は。」
「食う気しない。寝る。」

布団もかけずに倒れこんだまま口以外は動かない。俺はため息をついて、とりあえずその体に乱雑にたたんである布団をかけた。

「じゃあ帰りますけど、ちゃんと温かくして寝てください。」
「お母さんみてぇ。」
「バカな事言わないで下さい。」

力なく笑うと、坂田先生は目を閉じた。俺は「失礼します」と声をかけて部屋を出た。
部活に戻ろうとしたのに、俺は気付いたら薬局にいた。たまたま貴重品を預けるのを忘れて、ユニフォームのポケットにサイフが入っていてラッキーだった。その金で風邪薬と温めるだけのお粥を買った。生徒が先生にここまでするなんて・・・。そう思いながらも俺は薬局から走ってまた坂田先生の家まで戻った。
ドアを軽くノックして一応「先生」と声をかけて開ける。けど、返事はなかった。寝てしまったんだろうか。靴を脱いであがると目に入ったのは息を荒げて苦しそうにしている先生の姿だった。

「先生!」

午後に無理をしたのが祟ったのか、病状が悪化したようだ。たった十数分離れただけなのに。俺が走り寄って声をかけても、短く呻るだけで聞こえているのかどうか分からなかった。ただ、大量の汗をかいて時々暑いとか寒いとか口にした。
俺は台所にかけてあったタオルを水でぬらして額にのせてやる。それからコップに水を入れて、買ってきた薬を手の上にのせて、飲むように言った。

「や・・・だ・・・。俺、薬・・・きら・・・。」

頑なにそれを拒否して手を払おうとする。薬が手から零れそうになる。

「嫌いとか言ってる場合じゃねぇだろ。」

そう言って先生の開いた口に錠剤を二個放り込んだ。慌ててそれを吐き出そうとするその口を俺はすかさず自分の唇でふさいだ。さっき持ってきたコップの水を口に含んで。
そしてそれをゆっくりと先生の口の中へ注ぎ込む。

コクン

喉を鳴らして先生がそれを飲み込んだ。薬と一緒に。

「ホラ、飲めただろ。」
「な・・・っ何・・・し・・・。」
「病人は大人しくしてること。今粥温めるんで、ちょっと待っててください。」

そう言って立ち上がろうとした時、手を引かれた。熱い。この手は、先生の手・・・?

「・・・くな・・・行くな。」
「え・・・?」
「ここにいろ・・・。」

今、何て言った?

「病人、は・・・甘えていいんだろ・・・っ・・・?」

笑った。
それはいつもよりも弱く、だけどこんなときに不謹慎かもしれないけど、色っぽくて、俺はそれに吸い寄せられるように、また唇を重ねた。舌を入れるとこの前キスしたときよりもずっと熱いのが分かる。

「ん・・・ぅ・・・。」

漏れる声も少し掠れて俺の理性を外しにかかる。

「ふぅ・・・。」

完全に頭が痺れた。相手が男だとか、先生だとか、そんなの吹っ飛ばすくらいに。

「坂田先生。・・・先生?」

唇を離して名前を呼んだ。けれど返事が返ってくる事はなかった。
かわりに聞こえてくるのは先程の荒い息とは違い緩やかな寝息。

「・・・寝てやがる・・・。」

まぁ熱があるわけだし、仕方ないといえば仕方ないが、この状況で放っとかれた俺の気持ちを察してくれ。体も頭もこの目の前で寝息を立てているオッサンに反応してしまった。
気付かないように、認めないようにしてきたけれど、もうだめだ。誤魔化しきれない。

俺は、先生が、

「・・・好き・・・なのか。」

気になって目が離せなくなるのも、あんたの笑顔が見たいと思うのも、全部、全部、あんたが好きだからだ。

気付いたらもう引き返せない。


「坂田・・・先生・・・。」

もう一度名前を呼んで汗で濡れた額にキスをした。




その後買ってきた粥を鍋に移して、火をかければいつでも食べられるようにしておいた。翌日回復した先生はHRで不思議そうに昨日家に帰った後の記憶がなく、気付いたら粥が出来てたとクラスの奴等に話した。皆口々に「座敷童子だ」とか「妖精だ」と騒いだ。いつもと変わらない坂田先生の態度に、どうやら本当に昨日の事は覚えていないのだということを悟った。
正直、少し残念がっている自分がいた。




そして数日後



空がオレンジ色に染まった時、




「俺は、アンタが好きだ。」




俺は、勇気を出して言ったんだ。先生に子ども扱いされないように、余裕かましてるように振舞いたくて必死だったんだぜ?内心拒絶されたら・・・なんて、女みたいな事考えてたんだ。


すぐ大人になるから。

先生が自慢したくて仕方なくなるくらいの男になるから。



だから、振り向いてください。


俺を見てください。




決定打はあの日。


アナタが俺に初めて甘えてくれた日。











*甘えん坊銀ちゃんを目指しました。・・・甘いか??