夏の匂い ひぐらしの声 夕暮れに染まるこの町に聞こえてくるのは祭囃子 好きな人の好きな人 「ぎんちゃぁぁんお祭り行きたいアルー!!」 歌舞伎町町内会主催の祭りは土日の二日間行なわれる。今日は二日目。昨日の一日目は落さんの肝試し企画に借り出されたため、祭りを堪能することが出来なかった。神社からの帰り道で賑わいを見せていた出店の並びを見て、神楽はすっかりテンションが上がって、今日も朝からずっと銀時の頭を引っ張りながらお祭りお祭りと騒いでいた。 「うるっせぇなぁ。行きたきゃ行ってこいっつってんだろ。俺は人混み苦手なんだよ。」 「じゃあお小遣いちょーだい。」 「ぐがー。ごー。」 「寝たフリしてんじゃねぇぇ天パァァァ!!!」 このやり取りを朝から何度となく見てきた新八はため息をついた。もうこうなったら自分が連れて行くしかないと心の中で思いながら。密かに貯めているへそくりもあるし、祭りでちょっと遊ぶくらいなら自分が出してやろうかと思っていた。 祭りと言えば誰もが心を躍らせる大イベントである。特にこの歌舞伎町の祭りはそんじょそこらの祭りとは違い神社へ続く長い長い道は出店で埋め尽くされ、御輿も相当立派なものが出る。夏の暑さを吹き飛ばす勢いの祭りだ。 それなのに万事屋の店主は相変わらずいつも通りのグータラ振りで。こんな時くらい、べっぴんさんでも横に連れて出かければいいのにと新八は思わずにはいられないのだった。 「銀さん、デートでもしてきたらどうですか?女の子はお祭りとかイベント事に弱いんですよ。」 「アイツはこーいうの興味ないから。」 「えっ!?そういう相手いるんですか!?だったら行かないと!」 半分冗談で言ったことに、思わぬ返事が返ってきて新八は驚いた。そしてそれなら行くべきだとせっついたが、銀時は相変わらずソファに寝転んだままだった。 「銀さん。」 「いいっつの。・・・誘われてもいないし。」 最後の一言に新八は疑問を抱いた。 なんというか、その銀時の様子はまるで誰かが来るのを待っている、どちらかと言えば彼女の立場に見えた。「本当は行きたいのに」という拗ねた呟きが聞こえてきそうだった。 「銀さ―――」 新八が名前を呼びかけたその時だった。玄関のドアを叩く音が聞こえた。はいと短く返事をして扉を開くと、土方が立っていた。 「アレ、土方さん。どうしたんですか?」 「銀時はいるか?」 「あ、はい。」 「邪魔すんぞ。」 土方は吸っていたタバコを携帯灰皿にしまうと家に上がった。そして銀時の寝転がるソファへ一直線に歩いていく。 そこで新八は、もしかしてと気付いた。銀時の待っていた人とは・・・。 「いつまでグータラしてんだ。もう昼過ぎてんだぞ。」 「なんでココにいんの。」 「迎えに来たんだよ。」 「え?」 「祭り。連れてってやるよ。」 ああ、やっぱりそうなんだと新八は悟った。あまりにも分かりやすく、銀時の顔が紅潮したからだ。口ではメンドクサイだのなんでお前とだの言っているが、新八には分かる。ずっと一緒にいたから分かる。本当は嬉しくて嬉しくて仕方ないのに、必死に照れ隠しをしようとしているのが。 「銀さん、行ってきたらどうですか?一年に一回だし、いいじゃないですか。」 大体こういう時は誰かが最後の一押し、軽く背中を押してやれば。 「ま、別にいいけどー。」 読みどおりだった。 かったるそうに立ち上がると大きく伸びをして、土方に見えないように口元を緩ませる銀時はいつものマダオではなくて恋する乙女そのもので。新八は思わずクスリと笑ってしまった。 これで銀時の面倒は土方が見てくれる。残ったふくれっ面のチャイナ娘は、自分が面倒を見ようと腹をくくった。 「オラ、お前らも仕度しろ。」 新八と神楽は土方のその言葉にえ?と顔を上げた。 「なんだ?行きたくねぇのか?」 欲しい物があるなら買ってやると言いながら土方はタバコを咥えた。 「行くアルー!!」 「なんだ、いきなり元気になりやがって。」 「マヨラー!私あんず飴とヤキソバとカキ氷とチョコバナナと、あと、あと・・・。」 「わぁったわぁった買ってやるから落ち着け。」 まるでじゃれるように神楽は嬉しそうに土方の周りを跳ね回った。新八は戸惑ってその場に立ち尽くしている。だってそうだろう。さっきの雰囲気からして銀時と土方はそういう関係なわけで、そこに自分達みたいなコブが付いてきたら、邪魔なんじゃないかと思ってしまう。 はしゃぐ神楽と銀時を横目に、新八はこっそり土方に話しかけた。 「あの、土方さん、いいんですか?」 「何が。」 「何がって、僕達、二人の邪魔しちゃうんじゃ・・・。」 「・・・。」 新八の心配に対して、土方は口の端を軽く吊り上げて笑った。 「ガキがくだらねぇ気使ってんじゃねぇよ。それに―――」 土方の視線は銀時に向かった。それに合わせて新八も銀時を見る。傍では神楽がはしゃぎまわっている。 「お前らと一緒の時のアイツの顔が好きだからな。」 二人の目に映る銀時は穏やかに笑っていた。ずっと一緒に過してきたから、自分達といる時の銀時の表情の意味なんて考えたことはなかったけれど、他人から言われて改めて、それが自分達だけに向けられる物なのかもしれないと思えて嬉しかった。 「物好きですね。土方さんも。」 「あ?」 「ま、それを言ったら僕らもか。・・・どーしよーもない人ですけど、よろしくお願いしますね。」 「任せとけ。アイツの面倒みれんのは俺しかいねぇしな。」 全くその通りだと新八は思った。多少強引にでも引っ張ってくれるくらいの人でないと銀時の相手は務まらない。そして何より、人に対して距離を置きがちな銀時が珍しく心を開いている事実。この人ならば・・・と新八は心から思っていた。 「行くなら早く行こうぜー。」 「私もう待ちきれないヨ!早くするネ!!」 玄関の方からせっかちな声が聞こえてくる。土方はうるさいと言いながらもその声に向かって歩いていく。土方が二人を追い越して靴を履いたその時、銀時の右手が遠慮がちに、そっと、黒い隊服の裾を掴んだ。それは良く見ていないと分からない行為だったが、新八にはしっかり見えていた。 そして振り向く土方に対して銀時は小さく有り難うと言った。 一瞬顔を逸らした時に見えた銀時の表情に、新八はさっきの土方の言葉が良く分かった。 『お前らと一緒の時のアイツの顔が好きだからな。』 「・・・僕も、土方さんといる時の銀さんの顔、好きですよ。」 ねぇ銀さん。 自分の好きな人が自分以外の人のために幸せそうに笑っているのは少し胸が痛むけど、でもやっぱり好きな人が幸せなのは嬉しいから。 だから、 ちゃんと幸せにしてもらってくださいね。 いつまでも、銀さんが笑っていられるように。 靴を履いて、玄関には三人の姿。 神楽は土方の手を引いて走り出し、銀時はそれを笑って、そして顔を家の中に向けた。 「おーい新八ー。行くぞー。」 「はーい!」 *新八視点の土銀。夏らしく夏祭り編。家族のような万事屋+土方が好きなので、それが伝わっていれば嬉しいです。 |