パフェより甘い君の愛


カチッ


短い金属音と共に小さな炎。
それにタバコの先をつけると紙の焼ける音と共に白い煙が空に上った。煙の上にある空は快晴で、太陽がまぶしく光っていた。太陽の位置からして未の刻前か。過しやすい気候だ。涼しげな風が煙を揺らした。
口に一度煙を吸い込み吐き出すと再びそれを口に咥えて屯所から歩き出した。

今日は午前勤務。着流しを着てタバコとサイフだけ持って屯所を出た。足は店が立ち並ぶ城下の中心街へ向かう。

別に、アイツに会いたいからじゃねぇぞ。






と、思ったのに・・・。





「あれ。多串君?」

なんなんだ。赤い糸とかいう女共が騒いでいるアレか?運命ってか?

街中を「やっちゃったなー。やっちゃったよオイ。」とブツブツ言いながらフラフラと歩いていた銀髪の男に会った。
冷や汗を額から垂らしている。それと表情から分かる。多分パチンコで有り金摩ったんだろう。

「お前、俺は多串じゃねぇって何度言ったら―――。」
「多串君、その格好ってことは、オフなのか?」

俺が文句を言おうとしたその口は続きを言えないままヤツに言葉を被せられ、着流しの袂をヤツは指で摘んで遊び出した。

「何やってんだ。」
「なぁ、多串君、俺とデートする気ない?」
「は!?」

や、ナイナイ。コイツが自分からデートとか誘うなんてことは有り得ない。なんだ?俺の着物をピラピラと揺らして上目遣いをして。不覚にも俺はそれを可愛いと思ってしまう。この死んだ魚のような目をした天然パーマの年上(と言ってもほんの少しだけど)のマダオを可愛いなんて・・・相当末期だ俺。

けど

「なんだよ。どこか行きたいとこでもあんのか?」
「してくれんのか!?」

嬉しそうに笑うから。

なんかその笑顔がありゃなんかどうでもいいかと思ってしまう。

「じゃ、銀さんとデート出来る権を多串君にあげよう。ジャンボパフェと引き替えで。」





オイ





「テメェ・・・なんだそりゃ。」

さっきまでの笑顔は俺じゃなくてパフェへか!?あの甘ったるい食いモンのためか!?

「だぁからデートしようって言ってんだよ。あそこで。」

銀時が指差した先にあるのは甘味処。確か最近若い女に人気だってテレビでつい先日言っていた。近藤さんがお妙さんを誘うだのなんだの騒いでいたのを覚えている。

「あそこの新メニューのジャンボパフェがめっさ美味いらしいんだ。でも一人で行くにはホラ、恥ずかしいし?」


イヤ、そこで頬赤らめんのおかしいだろ。


「つーか男二人ってのも変だろ。あのチャイナのガキ連れてくりゃいいだろ。」

なんだかバカらしくなってタバコをふかしながらその店の前を通り過ぎようとした時、首根っこを思いっきり後ろから掴まれた。着物が少し乱れる。

「何すんだテメェ!」
「アイツ連れてくと銀さんサイフ空になるから!木枯らしどころじゃなくて吹雪吹き荒れるから!!」
「知るかボケ!」
「っていうかもう既にサイフ寒いんだよ!シベリア超特急なんだよ!!でも体の中も血中糖度低すぎて死にそうなの!何?昨今の警察さんは今にも死にそうな人を見て見ぬ振りするんですか?それでも漢かぁぁぁ!?」
「死にそうなヤツがんなピンピンしてるわきゃねぇだろ!」

物凄い形相で俺を見ながら本当に必死にしがみつく。振り払おうにもがっちりと体を固められ動けない。
おまけに

「ちょっと町のみなさぁん!真選組は死にそうな人間を見捨てるそうですよー!」

大声でそう騒ぎ立てる。

ヤバイ。これ以上騒がれたら近藤さんに迷惑がかかる。ただでさえこの間の一日局長だった寺門通誘拐事件でイメージが下がり気味だというのに。

「わかった。食わせてやるから!さっさと来い!」

タバコを足で踏み消して俺は銀時を体に引っ付けたまま甘味処へ向かって歩き出した。ヤツの体重がかかって重たい。くっついているヤツを振り返ると嬉しそうに笑っている。


ああ、その笑顔が俺に向けられてるモンだったら最高なんだが。


なんだかパフェに負けた気がして解せなかった。俺は食い物以下かよ。別にいいけど。



甘味処に入ると店内は女だらけもしくはカップルだらけ。しかも店内の装飾がピンクを中心になんとも可愛らしいものでまとめられている。当たり前だがこんな大の大人の男が二人で・・・なんて店内を見回しても一組も居なかった。俺は店員に喫煙席二人でと告げるとこの居心地悪い空間になるべく目を伏せた。席に案内されてもどうも落ち着かず、薄ピンク色のソファを左手の人差し指で軽く叩きながらタバコを吸い始めた。目の前にいる男はメニューを開いて鼻歌を歌っていた。

「なぁなぁ、どれ食いたい?」

メニューから顔半分を出して俺に尋ねる。

「俺はコーヒーでいい。好きなモン頼め。」
「そうか?んじゃあ、俺は〜うん、やっぱりジャンボパフェだな。なぁなぁ、イチゴとチョコとどっちがいいと思う?」
「あぁ?どっちでもいいだろ。両方頼め。」
「えっいいの!?」
「食えるならな。残したら殺す。」

銀時はどうしようか本気で悩んで結局二つは無理だと判断してチョコを選んだ。
店員に注文して、手持ち無沙汰の時間が訪れた。

俺は二本目(外で吸っていたのを入れると今日は三本目だが)に火をつけて天井に向かって吐いた。
店内のBGMが話声と混ざって余計にうるさく聞こえる。

「ああ〜楽しみだな。パフェ食うの久々なんだよなー。」
「そうかよ。」

雑音に混じって、銀時の声だけが俺の耳に声として届いた。その楽しげな声を俺に向けてくれよ。パフェじゃなくて。



ってパフェに嫉妬か?バカか俺は。



さっきからどうもくだらないことにイライラしている自分に余計にイライラしてタバコが手放せなくなった。煙を吸うと肺に入って来る不純物がその要素を絡め取って一緒に天井に吐き出された。

「多串君。」
「なんだよ。」
「なんかイライラしてんのか?」
「してねぇよ。」
「楽しくねぇの?」
「テメ・・・、無理やり奢らされて楽しいヤツがいるか。」

短くなったタバコを灰皿に押し付けると箱の底をテーブルに軽く打ちつけて新たな一本を取り出して火をつける。

無言の空気が俺と銀時の間に流れた。

周りは騒がしいのにここだけ静かに思えた。

「お待たせいたしました。」

コーヒーと共に普通のパフェの何倍あるんだっていうデカさのパフェが運ばれてきた。一緒に持ってきたのは店員が気をきかせたのだろうか。明らかにコーヒーを淹れる時間より長い制作時間がかかっていたことだろう。今まで見た事のないものに、俺は少しの間唖然とした。

「すげ・・・。お前、コレ食いきれるのかよ。」
「当たり前だろ。俺の胃袋はマンホールなんだよ。」
「ソレ底あるから!限りあるから!ブラックホールとか宇宙とか言えよ!」

俺のツッコミを他所にスプーンで生クリームをすくって口へそれを運んだ。良く食えるもんだ。アレがマヨネーズだったら食えるがアレは無理だ。
俺はコーヒーを啜って、銀時が自分の鼻の辺りまでの高さのパフェをスプーンですくっては口に運ぶ。しかし先程の楽しそうな表情は消えて、ただただ黙々と食べていた。

「なんだ、美味くねぇのか?ここの。」
「・・・美味い。」
「だったらもっと美味そうに食えよ。」

俺がまたコーヒーに口をつけたのと同時に、銀時はスプーンをテーブルに置いた。

「オイ、どうした。腹でも痛ぇのか?」

いつもならすげぇ勢いで食うはずが、たった数口つけただけでその動きが止まった。

「オイ。」

「・・・よ。」

「あ?」

「嘘だよ。パフェ食いたいなんて。いや、半分ホントなんだけど。けど、嘘だよ。」

何を言ってんだかよく分かんねぇけど、何か嘘らしい。

「銀時?」

「なんでもよかった。お前といれるなら。」

「え?」

俺は耳を疑った。今、何て言った?

「だから・・・





お前といたかったんだよ。




あのまま、お前どっか行くみたいだったし、一番近くにこの店があったから、だから、傍にいて欲しくて・・・。」



ちょっと待て、なんだその発言は。不意打ちも程ほどにしてくれ。



「午後から休みだって聞いて、町歩いてればお前に会えると思って。」


マジ、ヤベェって。コレは、ほんとに・・・。


「いつ会えるともわからねぇ。次会う約束すらない。ホントは、寂し―――」


衝動的に、銀時の胸倉を掴んでその顔をテーブル越しに引寄せた。唇をぶつけるように重ねる。片手はメニューを持ってソレを隠すように。

「・・・甘っ・・・。」
「なっ!バカ!テメェなんて事すんだよ!!」

唇を離すとまたテーブルを挟んで離れた。周りに気付かれない、それは一瞬の出来事。

「早く言えよ。バカが。」
「っうるせぇよ。ムカつく。お前ホントムカつく!ドコ行こうとしてたんだよ!綺麗なねぇちゃんがいるところか?そりゃあたまのオフなら遊びてぇよな。でも、俺はっ・・・俺は、電話の前でバカみてぇに連絡待ってて、っなんだよ、コレ。俺ばっか、クソ!ホント、なんだよ。」

自分でも何を言っているのか分かっていないんだろう。途切れ途切れに言葉を紡ぎ出す。顔を赤らめながらそれを必死に隠そうとして頭をかく。

それがまた、愛しかった。

なんだよ、さっきの笑顔はやっぱり俺に?

そう思うと俺の口から笑みがこぼれた。

「そうだなぁ、遊びに行くところだった。スゲェ美人のところに。」

俺のその言葉に肩をピクリと震わせる銀時。

「俺が生きてきた中で最高の上玉だ。」

その震えが徐々に全身に伝わっていくのが見える。

「肌も触り心地が良くてなぁ。鳴き声もたまんねぇ。」

今、コイツの心は俺の言葉で左右されている。


上玉だよ。

もう、それしかいらない。

誰のことか分かるか?お前も知ってるヤツだ。



「綺麗で、バカで、天然パーマで・・・。」

銀時が少し涙を浮かべた目をして徐々に顔を上げる。

「ロクに仕事もしねぇで、マダオで、甘いモンが好きで・・・。」


んな驚く顔すんなよ。分かってんだろ?俺が誰に惚れてるか。


「俺のことが好きで、今俺の目の前で泣きそうな顔してるヤツのトコロに行くつもりだったんだよ。」


緊張の糸が切れたように銀時の目から滴が零れて一筋の涙になった。
俺はその涙をヤツの唇の横辺りで拭ってやる。

「悪かったな。電話もしねぇで。お前に甘いモン買って行って、驚かせようと思ったんだ。」

それを聞いて銀時は小さく口の中で「バカ。」と言った。意図的にじゃなくて、泣きそうになるのを我慢してそうなったのだろう。

「早く言えよ。多串君のバカヤロー。」

そう言ってスプーンを持つと、先程までのちまちま食っていたのとはうって変わってかきこむように食べ始めた。

「バカ。」

「ハイハイ。」

「バーカ。」

「分かった分かった。」

「バカバカバカ。」

「うだうだ言ってねぇでさっさと食え。溶けるぞアイス。」

「・・・好き。」

「・・・分かってるっつの。」


それからは一言も喋らず大口を開けて食べ続けた。

多分この様子なら食べきるだろう。


食べたら一緒に町を歩くか。


暫く町をゆっくり見て、それからお前ん家に行くか。



そんで、お前の隣にいてやるよ。






お前が飽きるまで。









*ウチの銀さんは泣き虫らしい。・・・なんでだ?結局また甘甘ですみません。