約束の放課後

*「イケナイ始まり」の続編設定です。読んでなくても大丈夫ですが。



生徒にキスされた。しかも男。


・・・なんだ?これ・・・。





銀八はあの日、土方にキスされた日から追い出そうとしても追い出せないその記憶と戦っていた。指導案を立てなければならないし、生徒達の進路の話、他の教師との打ち合わせ、その他教師はやる事が目一杯で激務だ。だから余計な事を考えている暇はない。それなのに、

「オイ、銀八。聞いてんのか?」

高杉の声ではっとする銀八。あの日の事を思い出してまたトリップしていたらしい。

「朝だからって寝ぼけてんじゃねーぞ。今日の連絡事項分かったか?」
「あ、いや、・・・何だ?」
「テメっ・・・!」
「まぁまぁ。朝は誰だって眠いきに。のぉ?金八」

殴りかかりそうになった短気な高杉を坂本が笑いながらさりげなく止めた。二人は銀八の大学時代の友人で、たまたまこの学校で再会した。こうしてみると、ろくでもない教師ばかりの学校だ。

「チッ。最近お前おかしいぞ?イヤ、いつもおかしいが。」
「ちょっ!お前今失礼な事言ったなオイ!!」
「バカじゃのー高杉。金八は恋をしておるんじゃよー。」
「オィィ!さっきから!金八じゃねぇから!JAROに訴えられんぞお前!!ってゆーか恋!?」
「うるせぇよ。」

朝のバタバタとした職員室はこの三人によって更に騒がしくなった。周りの教師はそれを気にしながらも、自分の仕事に追われて立ち止まる者はいなかった。ただ仕事しろよという目線だけを投げかけた。

「恋・・・ねぇ。まさかお前、生徒に手ぇだしたんじゃねぇだろうな?まだ赴任してきて一週間だろ。」
「それはさすがにまずいけぇ。」
「ぐっ・・・ちゃうわー!お前等もうHR行けよ!!」

手を出したんじゃなくて出されたんだとそこまで出掛かって慌てて止めた。銀八は手荒く朝の連絡事項を坂本から聞きだすと出席簿を取って職員室を後にした。



バカな。そんな甘ったるいものは必要としていない。パフェの方がよっぽどいい。あれは甘いくせに辛かったり苦かったりする。面倒ごとはまっぴらだ。

廊下を歩く銀時の頭にはそんな考えが回っていた。
あの日のことが気になるのはただ、突然だったからと自分に言い聞かせて。教室で毎日顔をあわせるあの男に、また今日も会うことに言いようのない気持ちを抱えていた。

「オーラ、席に着けー。HR始めるぞー。」

3-Zの教室に入ると朝の挨拶を交わしながら賑やかな生徒達を席に着かせる。着いても席を飛び越え会話をする。朝のHRなんて静かにできるものじゃない。号令をかけさせ、かったるそうに挨拶を済ますと出席を取り始める。大体の生徒は座っているが席がポツポツと空いている。

「おい、神楽はどうした。知ってる奴ー。」
「神楽ちゃんは朝ごはんが食べ終わらないから遅刻するって言ってました。」

優等生の新八が報告する。いつものことだった。朝食を取らないと絶対に学校に来ない。遅刻してでも食べてくるのだ。神楽の名前の横に欠席の印である斜線を引いて、続ける。そしてもう一人の欠席者の名前を呼ぼうとした。

「ひじ―――」

言いかけた時に大きな音を立ててドアが開いた。

「ハイ!!」

走りこんできたのはまさに今名前を呼ぼうとした男だった。学ランを片手に持って、ワイシャツ姿で息を切らしていた。

「遅刻じゃねぇよな。セーフだろ?」

銀八の立つ教卓に上半身を乗っけて下から覗き込むようにして言う。土方は遅刻が多いと去年担任だった教師から聞いた。3回で1回の欠席扱いになるため走ってきたのだろう。

「しねぇからさっさと席に着け。」
「やりぃ。サンキュ先生。」

口の端を上げて笑うと友人達に挨拶をしながら席に向かった。その後姿を見て、悔しい気持ちを抱える。
アレから土方の態度は何もなかったかのようだった。特に会話をするわけでもなく、どこにでもいる普通の生徒で、授業も比較的真面目に受けて、部活もやって、たまに女を横に連れて一緒に帰っていく。他の生徒と何も変わらなかった。
銀八はあんなにもあの日のことを忘れられないのに、平然としている土方を見ると、無性にイライラして仕方ないのだった。
いい加減気にするなと言い聞かせても、土方の姿を校庭に、廊下に、教室に見つける度、どうしても意識してしまうのだ。
若者の気まぐれだ。教師をからかって反応を楽しんでいたに違いない。銀八はそれにまんまとはまってしまったと自分の不甲斐なさを嘆くのだった。

「今日は部長会があるから、部長は15:30に会議室集合な。忘れんじゃねぇぞ。じゃ、朝のHRは以上だ。」

銀八がそう告げると生徒達はバラバラと一時間目の用意を始めたり、他のクラスに話に行ったりと動き始めた。土方は下敷きで風を起こして体を涼めていた。傍にはいつも絡んでいる沖田と近藤がいて、走って来た事を笑いながら話していた。
なんとなしにそれを見ていると、土方と目が合った。銀八はついそこから視線を外してしまう。これじゃあ何か意識していると示しているようなものだ。やってしまってからしまったと銀八は後悔した。とりあえずこの教室にこれ以上いる理由もないので足早に去ろうとした。ドアに手をかけたその時、後ろから

「銀八先生。」

名前を呼ぶ声がした。
それは今銀八の心を混乱させているあの男の声だ。

「・・・なんだ土方。」
「なぁ、遅刻しなかったろ。誉めてくれよ。」
「はぁ?お前何言ってんの。当たり前のことだろーが。」

相手が何も気にしていないのなら、それに合わせた反応をするだけだ。そういったことには慣れているから大丈夫。上手く接することが出来る。

「なんだよ。チッ。」
「去年までのお前が怠惰すぎなんだよ。」
「職員室で寝るアンタに言われたくねぇよ。」

あの日のことだ。あれから寝たりなんかしていない。すぐにあの日と直結してしまう自分の頭を呪う。

「アンタのためなんだけどな。」

ため息交じりに土方は呟いた。

「何が。」
「赴任してきたばっかで、クラスに不真面目な生徒がいたらアンタが目ぇつけられると思ったから。」

思いがけない言葉に土方の顔を見つめる。

「クソ真面目につまんねぇ授業受けてんのも、アンタの為だぜ?」

真剣な目線でそう返してくる。銀八は顔から火が出そうになるのを感じた。
でも確かにそうだった。考えてみればよく他の教師から土方が授業に出るようになった、どんな教育をしているのかと聞かれる。別に何もしていないからその時は土方の気まぐれだと思っていたが。

いや、実際気まぐれなんだろう。

こうしてまたこんな言葉をかけて反応を楽しんでいるんだ。

「お前ねぇ・・・。」
「アレー?先生顔赤くねぇ?大丈夫か?」
「バッカ!てめぇ目悪いんじゃねぇの?」

土方を押しのけて、銀八は教室を出た。

「なぁ、今日の放課後準備室にいろよな。」

そんな土方の声を聞きながら、教室を後にした。





まただ。





また、動悸が。



あの男は心拍数を狂わす。いちいち反応する自分もおかしい。何故こんなにも・・・?


幸い今日は3-Zの授業はない。いつもの様に指導案にそった授業をこなし、タバコを吸って、屋上で昼食のクリームパンを食べて、次の授業のための教材作りにと準備室に篭った。
別に土方に言われたからじゃない。用があったから仕方なくだ。
銀八はそう思った。
否、実際はそう思う事にしたと言った方が適切だろう。

銀八は暫くパソコンに向かって理科の資料プリントを作っていた。面倒くさい図解まで載せて、細かな説明もつけて。けれど途中でカタカタと音を立てていたプラスチック音が止まる。チャイムが鳴ったからだ。

時計を見ると17:00を指している。部活が終わる時間。

なんとなく落ち着かなくて立ち上がった。隣で作業をしていた教師がどうしたのかと声をかけると、タバコを吸ってくると言って準備室を出て、校舎裏に向かった。
逃げたわけじゃない。肺が不純物を欲しがったから。ここなら誰も来ないし、見つからない。

アイツからも。

「・・・逃げてんじゃん・・・。カッコ悪ぃ・・・。」

煙を吐き出して呟いてみた。



「何がカッコ悪いって?」



静かだった分、余計に急に聞こえたその声に驚いてしまった。
振り返ると放課後準備室でと約束した土方が立っていた。

「な、なんで、お前、ここ・・・。」

驚きで心臓がバクバクとして上手く言葉が出なかった。

「先生こそ何やってんだよ。準備室にいねぇから喫煙室かと思ったらそこにもいねぇし。なんでこんなトコにいんだよ。」
「お、お前には関係ないだろ。」
「アンタのせいで無駄な体力使っただろうが。」

校内を探し回ったらしく、少し息が切れていた。

「なんで準備室にいてくんなかったわけ?」
「そ、そりゃお前・・・。」
「生徒との約束破るなんて悪いセンコーだな。」

お前と顔を合わすのが気まずくてと、そう言いそうになって、言葉を止めた。それを言ってしまうという事は、イコール・・・

「これ、昨日提出だった宿題、出し忘れたから出そうと思ったのによ。」

そう言って土方は鞄からノートを出した。そこで銀八は初めて自分が宿題を出していたことを思い出した。

「お前、だったら朝渡せばよかったろ。」
「終わってなかったんだよ。すいませんでした。遅くなって。」
「別に俺の机の上においときゃいいだろ。」
「もしなくなって、後で出してないだろとか言われるのイヤだったんで。」
「ははっお前、変に心配性なんだな。」

妙に律儀な土方に銀時は思わず笑った。宿題を出すために校内を走り回っていたというのか。それを想像すると、申し訳ないと思いながらも笑ってしまった。

「何笑ってんだよ。」
「いや、だってお前、そんな真面目なキャラなのか?」
「うるせぇな。真面目になろーとしてんだよ。朝言ったろ。」
「え?」

銀八は腕を掴まれ、そのまま前に倒れこむように土方の胸の中に収まった。

「ちょ、お前何―――」
「アンタのために、ちゃんと学生しようと思ってんだよ。」
「土方?ちょっ離せ。」
「無理。」
「無理って・・・。」
「つまんなそうなアンタの顔が、どうしたら変わるか、俺なりに考えたんだよ。なぁ、驚かれたろ?土方が真面目に授業受けてるって。アンタのおかげだって。」

土方は周りの教師が銀八に投げかけていた言葉を知っていた。

「初めて会ったあの日、アンタ一回も笑わないから。見てみたいって思って。アンタの笑うトコ。」

抱きしめる腕に力が込められる。その力の強さに銀時は我に返って抵抗を始める。

「離しなさい。話なら聞いてやるから。」
「離したらアンタ逃げるだろ。」
「ひじ―――」
「目逸らすなよ。アレ、結構キツイ。」

目を逸らす。それはクセになりつつあった。あの日から、土方の顔をまともに見れたためしがない。今日の朝がいい例だ。

「悪かった。そりゃ先生が悪い。」
「あの日のこと、気にしてんのか?」

物を運んだお礼と言ってされたキス。気になっていた。でもそれは嫌な意味ではなくて、どちらかというと、自分の気持ちが分からなかったからで。

「っ当たり前だろ。いきなり生徒に、しかも男にされて。ああいうのは好きな奴としなさい。オッサンをからかうんじゃありません。」


「だからしたじゃねえか。好きな奴と。」


胸から顔を離して土方の顔を見るとほぼ同時に唇が重なった。

「今もしてる。好きな奴と。」

もう一度、今度は唇を割るように強引に舌を入れられた。銀八は思わず反射的にその体を突き飛ばした。土方はそのまま地面に尻餅をついた。

「って・・・。」
「な、何言ってんだよお前。からかうのも大概にしろ。」
「からかってません。」
「混乱させんな!お前の遊びにかまってられる程、俺は暇じゃねぇんだよ!」
「遊び?」

立ち上がった土方は銀八の体を校舎の壁に押し付けた。

「じゃあ、本気ならいいか?先生?」

肩を押さえつけられ、それ以上後ろへも前へも動けなくなった銀八はせめてもと視線を外した。

「俺はアンタが好きだ。」

視線を外しても声は聞こえてくる。その声を聞くと、顔が見たくなる。こんな気持ちになることは初めてだった。銀八は自分の顔が夕日と同じ色をしているのを感じながら、横目で土方を見た。

視線が合う。

真っ直ぐに自分を見つめる。その目線だけで、頭が痺れそうだった。居たたまれなくてまた視線を外す。

「からかってねぇよ。マジだから。」

耳元でそう言われると体が小さく震えた。
もう、自分でも分かっていた。これがなんと言う名前の感情なのか。認めたくないだけで、本当はあの日のことが忘れられなかったのも、視線を逸らしてしまうのも、モヤモヤしていたのも、全てはこの感情から発せられるものだと知っていた。

「お前、女子にもててるくせにこんなオッサン好きになるなんて、バカだろ。」
「俺、本気で言ってんですけど。」
「先生と生徒ってだけでかなぁり危険な事なのに更に男同士よ?意味分かってる?」
「そこまでガキじゃねぇよ。」
「一回りも違きゃガキだよお前なんか。」
「テメっ!」
「退屈な学校生活、本当にお前が楽しくしてくれんの?」
「・・・ああ。」
「そう。んじゃ・・・。」

銀八は両肩を押さえつけている腕を下から掴んで顔を土方に寄せ

「刺激与えてもらおうかな。」

唇を重ねて軽く笑った。

土方は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにそれをしかめた。

「ヤニくせぇ・・・。」
「そりゃさっきまでタバコ吸ってたからな。」
「今度からキスする前は飴でも舐めとけよ。」
「させてやんだからワガママ言わないの。」

押さえつけていた両腕はいつの間にか銀八の腰に回されていた。

「せいぜい楽しませてくれよ。若者パワーで。」
「オヤジかテメェは。」
「先生にテメェはないだろ。」

楽しかった。久々にちゃんと笑った。朝もそうだ。笑顔をくれたのは土方だった。
銀八が笑うのを見て、土方もはにかんだように笑う。それが自分に向けられていると思うと、銀八は余計に嬉しくなった。

「先生。」
「ん?」
「もう一回、キスしてもいいですか?」
「ヤニ臭ぇっつったくせに。」
「けど、甘い。」
「甘いもん嫌いじゃなかったっけ?」
「先生限定で好きだ。」

今にも触れそうなくらいの近さ。銀八の前には女子たちが騒ぐ綺麗な黒髪の男。その唇は、自分のそれとほんの数ミリ。

どうにでもなれ。

笑えるなら、堕ちる所まで笑いながら堕ちてやる。


「いいよ。おいで・・・。」



銀八の囁く声に誘われるように二人の唇は重なった。空をオレンジ色に染める太陽は二人の影を一つにして、ゆっくりと沈んでいく。

舌を絡めて繰り返すキスの合間、銀時は少し目を開ける。映るのは目を閉じて優しい顔をした人。
腕を彼の頭に回して、苦しくなるくらい互いの呼吸を感じる。



誰にも見つからないこの場所で


二人だけのこの場所で


約束の放課後


二人は新たに秘密の約束を交わした。













*支離滅裂やん!!!まぁありきたりではありますが。。。 きっとまた続きが書きたくなる。
 ところで九州の方の方言がわかんないんですけど(爆)