芥川の露の夜



二人が出会ったのは、偶然と言えば偶然でした。

警察官の土方が近隣で起こった事件の聞き込みで、この町一と謳われる金持ちの屋敷にやってきた時のことです。
土方が主人と話していると、庭に艶やかな着物を着た銀髪の青年が蝶と戯れていました。その姿はまるで掴みどころのない雲のよう。白い肌が太陽に反射して、透き通って見えました。

「銀時。」

それが彼の名前でした。銀時は声の主の方に振り返ると、タタタッと走って、その腕の中に収まりました。片目を包帯で隠し、着物を着崩したその男に抱かれた腕の隙間から、覗く瞳と土方の瞳が重なると、銀時はニコリと笑って見せました。


その瞬間、土方は銀時に恋をしてしまったのでした。


ある夜、土方は子の刻頃に屋敷の、銀時の寝室に忍び込みました。目を覚ました銀時を見て土方は焦りましたが、銀時はあの日太陽の下で見た優しい笑顔で笑いかけ

「初めて会ったあの日から気になってたんだ。また会えた。」

そう言いました。土方は銀時を抱きしめるとそっと唇を重ねました。銀時はそれに答えるように腕を土方の背中に回しました。


そうしてその夜、月明かりの下二人は結ばれたのです。


その夜から毎晩の様に土方は銀時に会いに行きました。そして言います。

「俺と一緒になってくれ。」

けれど銀時は笑い

「無理だよ。」

そう答えるだけでした。

「どうして。」

「愛してるから。トシを不幸にさせたくない。」

そしてそれ以上は何も言いません。何度聞いても答えは一緒でした。



それから幾月も経った夜、土方はいつもの様に銀時の寝室へ忍び込みました。すると中では銀時がうつむいて座っていました。様子が違う銀時に土方が「どうした?」と声をかけるとポツリポツリ銀時が話し始めました。

「俺、結婚することになったんだ。」
「・・・え?」
「高杉のモノになるんだ。だから、もう、会えない。」

高杉というのは初めて会った日、銀時の名前を呼んだ人です。彼は何年か前に銀時の婚約者として既に決められていました。
ただでさえ町一番の金持ちの家の銀時と警察官の中でも下っ端でしかない土方では釣合わない身分違いの恋。それに加えて、婚約者との正式な契りが結ばれてしまうとすれば、もう土方に抗う術はありませんでした。

「愛してる。トシ。だから、さよならだ。」

涙で濡れる銀時の瞳は今までに見た事のないほど美しいものでした。土方は銀時の体をきつく抱きしめ口付けをすると、銀時を抱き上げました。

「誰にも渡さない。」
「だめだよ・・・俺といたら、トシが危険な目に合う。終わりにしよう。」
「上等だ。お前といれるなら。」

真剣に自分を見つめる瞳に、銀時の目から零れる涙は止まりませんでした。

「逃げよう。」

土方の肩をギュッと掴み、銀時は何度も頷きました。


―――この人と一緒なら、どんな危険な目に合ってもいい―――


二人は屋敷を飛び出し、馬に乗って誰も二人を知らない場所へそれこそ地の果てへでも、逃げようと思いました。
追っ手が来るかもしれない状況の中、土方は必死に馬の手綱を握りました。振り落とされないように銀時は土方の腰に回した手に力を込め、目を瞑っていました。

馬が芥川に差し掛かった時、ふと銀時が目を開けると、草がところどころキラキラと光っていました。葉に降りた露が月明かりを浴びて光っていたのです。しかし生れたときから屋敷にいた銀時は露を見るのは初めてで、真珠か何かかと思い、土方に問いかけました。

「トシ、あれ何?凄く綺麗だ。」

けれど土方は追っ手が来るのを気にして、その問いには答えず馬を走らせました。銀時は少し残念そうにまた目を閉じて土方の背中に頭をつけました。

そうして走っているうちに雲が月を隠し、雨が降り、終いには雷まで鳴り出しました。これでは進めないと悟った土方は近くにあった荒れた蔵で一晩明かすことにしました。




そこが鬼の住む処だとも知らずに。




土方は銀時を蔵の中に入れ、扉を閉めると、自分は刀を持ってその扉の前で雨の中座りました。

「トシは入らないの?」
「ここで見張ってる。」
「怖いよ。もっと傍にいて。」
「追っ手が来ないとも限らない。心配すんな。明日にはきっと雨が上がって、綺麗な朝焼けが見られる。一緒に見ような。」

土方の言葉に、銀時は大人しく蔵の中に寝転がりました。

早く夜が明けて欲しい。明けたらすぐに出発して、追ってこられない場所まで逃げよう。土方は考えながら眠れぬ夜を過そうとしていました。

雨と雷は一層激しさを増しました。

そして雷の光は禍々しいモノの姿を浮かび上がらせたのです。

蔵の中に入れられた銀時の目に映ったのは恐ろしい鬼でした。目を光らせて銀時を睨みつけました。そしておもむろに銀時の体を抱き上げました。

「やっトシ!助け―――」

銀時は叫びましたがその声は激しい雷の音にかき消され土方の耳に届きませんでした。



嵐が去り、空を光が包み初めました。土方は扉に手をかけます。

「ホラ、コレが朝焼けだ。綺麗だろ。初めて見・・・銀・・・時・・・?」

扉を開けた土方は蔵の中を見て呆然としました。
少し前までそこにいたはずの愛しい人がいないのです。
名前を叫んで、中を幾ら探しても、銀時はいませんでした。


そして土方は町に伝わるある言い伝えを思い出しました。


『森の中には鬼がいて、雨の降る日に現れ、人を喰らう』


土方は握っていた刀で周りに当り散らし、泣き崩れましたがもうどうにもなりません。


愛する人は跡形もなく消えてしまいました。




あれは何?と他愛もない問いを口にした君に

露だよと答えを重ねて

二人で消えてしまえればよかった

あの露の様に






―トシ、あれ何?―

―見た事ねぇのか?露だよ。―

―露?てっきり真珠かなんかかと思った。―

―バァカ。―

―けど、本当に綺麗だ。―

―なぁ、二人で消えるか。あの露みたく。―

―・・・いいよ。トシと二人なら・・・消えてもいい―










*高校生以上の方はアレ?と思われたかもしれません。そうです。伊勢物語の芥川です。内容は少し・・・いや、かなり設定ぶち込んだので違いますが後半はほぼそのまま芥川です。
私は古典が好きなのでコレ一度やってみたくて・・・。これからも何か古典の作品を使って書いてみたいと思います。
古典をBLにしてすみません(汗)



以下は芥川の露の夜の続き。。。鬼の正体。裏話です。





蔵の中に入れられた銀時の目に映ったのは恐ろしい鬼でした。目を光らせて銀時を睨みつけました。そしておもむろに銀時の体を抱き上げました。

「高・・・杉・・・。」
「探したぜ?銀時。」
「な・・んで・・・。」
「お前がさらわれたってんで助けに来てやったんだよ。」

高杉の後ろにある蔵の裏戸がキィキィと小さな音を立てて開いているのが見えました。

「俺が何も知らないと思ったか?お前が誰と何をしていたか。・・・毎晩可愛い声で鳴いてたもんなぁ?」

高杉は冷たい目で銀時を見下ろしました。その表情はまさに鬼。銀時は震えて声も出ませんでした。

「帰ったらこの体に思い知らせてやるよ。お前は誰の物なのか。」
「やっトシ!助け―――」

銀時は叫びましたがその声は激しい雷の音にかき消され土方の耳に届きませんでした。
その代わり、銀時の耳には低く囁く高杉の声がはっきりと聞こえました。

「逆らったらあの男を殺すぞ。」

その言葉はまるで何かの呪いの様に、銀時の体を凍りつかせました。そして銀時の体から抵抗する力を奪い去ったのでした。

降りしきる雨の中、高杉が手綱を握る馬に乗せられ、愛しい彼と馬で駆けてきたあの道を戻っていきました。

振り返ると、扉の前に座っている土方が見えます。

銀時は胸の痛みに耐えながら心の中で何度もごめんなさいと泣き叫びました。




朝雨が止んだら、貴方が見せてくれると言った朝焼けを

どうやら俺は見られそうもない

きっと一生、見る事はないだろう

貴方といられない世界に色なんてないのだから




二人で駆けたあの芥川のほとりの草についた輝くばかりの露は、受ける光を失って、ただただ空から降っては草に留まることなく闇に落ちていきました。




fin