愛してる。 こんなになっても俺の事を想ってくれる貴方は、優しすぎるんだ。 もう、それで充分。 幸せだ。幸せすぎるから。 もう、自由になって良いよ。 さようなら。 俺の一番大切な――― 雪蛍 「飯は食ったかー!」 「「食ったー!」」 「歯は磨いたかー!」 「「磨いたー!」」 「弁当は持ったかー!」 「「持ったー!」」 「よし。んじゃぁ・・・。」 「「「行くぞー!!!」」」 「・・・さっきから何やってンだお前ら。」 今日は朝から万事屋は騒がしかった。三人組はリュックに、風呂敷に包まれた弁当に、水筒を持って意気揚々と立ち上がった。その様子を土方は白けた目で見ていた。と、言うのも昨日銀時から今日の予定を聞かれ、非番で何もないと告げると、車に乗って朝九時に万事屋に来いということだけ告げられ、何も知らないまま此処へ来たからだ。何故車なのかも朝早く(万事屋達にとっては)に来なければならなかったのか何も知らない。来てみたら異様に気合の入った三人がお出迎えした。 「オイ、ちょっ、説明し―――」 「待ってください隊長!」 土方の声を遮って、神楽が急に思い出したように出て行こうとする銀時を呼び止めた。 「何だねチャイナ中将。」 「バナナはおやつでしょーか!」 ズルッと土方はその場であの古典的なコケ方をした。 「隊長!バナナはデザートだと思います!」 「その通りだ新八将軍!」 「オイ!!お前分かってんの!?将軍の方が隊長より偉いん―――」 「つまぁぁり!バナナは300円に限らず、1,000円分でも10,000円分でも持っていって良いって事だ!分かったかチャイナ国王!」 「さっきと設定違うじゃねぇかぁぁぁぁ!!二人ともお前より偉くなってんだろーが!」 今日はいつもツッコミ役の新八までボケに回り、土方が片っ端からツッコんで息を切らした。 「多串くん、大丈夫?」 「てめぇ・・・。」 朝から無駄に体力を使わされてイラつく土方に銀時はいつものへラッとした笑顔で話しかけた。そして腕を引っ張ると、行こうと言って玄関へ歩き出した。神楽と新八もそれに続く。 「オイ、だからなんなんだよ。ドコに行くんだ。」 「アレ?言ってなかったっけ。」 銀時は昨日電話で言ったつもりになっていて不思議そうな顔をした。そして一度咳払いをすると、じゃあ改めてと土方に向き合って 「ピクニック。」 「ひゃっほーぅ!!」 「神楽ちゃん、危ないって!」 窓から顔を出して叫ぶ神楽を新八が止める。土方の運転するパトカーの後部座席には神楽と新八、助手席には銀時が乗っていた。この車には似つかわしくない格好と荷物とそしてハイテンションな彼らに、土方はもう全てがどうでもよくなっていた。 目を横にやると、車と一緒にデカイ犬が走っている。いいのかコレと思いながらも、もう面倒くさくて目を逸らした。 「悪いねぇたまの休日に呼び出して。」 「自覚があるなら呼び出すな。」 明らかに悪いと思っていない銀時の表情に、土方は舌打ちをしてハンドルを握る。 「怒ってる?」 「別に。ってコルァァ!チャイナ!お前それ以上乗り出したら落ちるぞ!」 バックミラーに写る上半身まで外に乗り出して騒ぐ神楽に土方は怒鳴った。それと同時に口からタバコが落ちる。慌ててそれをアクセルを踏む足と反対の足で踏み消す。 クスクス その横で銀時が肩を震わせて笑った。 「何笑ってんだテメェ。」 「ははっ、何か、幸せだなって思っただけ。」 「は?」 「なんかさぁ、こーしてっと家族みてぇだな。」 銀時は視線をバックミラーにやって、後ろで騒いでいる二人を目に写す。そしてその視線を隣にいる男にスライドさせた。その顔はまるで幸福という表情はどんなものか、それを表すような。 土方はその表情に目を奪われる。幸い信号が赤で車が止まった。 「会いたかったよ。土方。」 助手席の背もたれに後頭部をつけて少し上目遣いをしてみせる。土方が自分の上目遣いをする仕草を気に入っているのを知っていたから。 「ゴメンな付き合わせて。有り難う。」 不意に 土方は車内に差し込む光に銀時の白い肌と銀色の髪が溶けて消えてしまいそうな感覚に襲われた。気付いた時には手を銀時の頬に伸ばしていた。 「?土方・・・?」 「あ、いや・・・。」 それを合図と受け取った銀時はゆっくり瞳を閉じる。そのつもりで伸ばした手ではなかったが、土方はあまりにも綺麗なその仕草に胸をトクンと高鳴らせて、一度彼の唇を指でなぞると、ゆっくり自分のそれを近づけ――― 「マヨラー!!青アルー!!」 ―――ようとしたところで後ろから神楽の素っ頓狂な声が飛んできた。 二人は慌てて離れ、土方は急いで手をハンドルに戻すとアクセルを踏んだ。 銀時はまた先程の様にクスクスと笑っている。 「続きはまた後でな。」 少し顔を赤らめて前を見る土方の言葉に、銀時は笑いながらも心底楽しそうな顔をして頷いた。 車内から外を見上げると、雲ひとつない青空だった。 太陽がまぶしかった。 暫くして緑が広がる丘にたどり着いた。 丘の一番高い、と言ってもたいした高さではないけれど、そこに大きな木が一本立っている。辺りでは家族連れやカップルが点々と、ビニールシートを広げて寝転がったり、バドミントンやサッカーをしたりしながらそれぞれの時間を楽しんでいた。 「よーし、シートを敷けぇぇ!」 「「イエッサー!!」」 銀時の掛け声と共に二人はリュックからビニールシートを引っ張り出して、端を掴むと空へ向かって投げた。シートは空気を得て、勢いよく広がり緑の草の上にゆっくりと降りた。 その四隅に持ってきた荷物を置いて飛ばないように固定する。その作業が終わると神楽は跳ねるように立ち上がって 「お昼まで運動してくるネ。定春っフリスビーやるアル!」 「じゃあ、僕も混ぜてもらおうかな。」 「銀ちゃんは?」 「んぁ、俺は寝る。」 立ち上がった二人とは反対に銀時はシートの上で胡坐をかいて大きなあくびをした。 「土方さんは?」 「俺も運転して疲れたから遠慮する。」 「じゃあ新八、行くヨ!」 「はいはい。」 神楽は定春に乗っかって走り出し、新八はそれを追った。彼らが去っていく後姿を銀時と土方は見送ると、二人同時にあくびをした。 「お疲れ。」 銀時の言葉に土方は短く返事をした。 車で遠出なんて此処最近していなかった。休みで外に出るときはいつも銀時に会いに万事屋に行くか街中をぶらつくかだけ。緑に囲まれて青空の下なんて、もう当の昔に過ぎ去った記憶だ。土方は思い切り息を吸い込むとその気持ちよさ、開放感から少しずつ眠気が押し寄せてくるのを感じていた。 すると、急に頭を引っ張られ、そのまま横に倒れこんだ。 頭を地面にぶつけるかと思ったが、頭が落ちた場所は案外柔らかかった。 「今日は特別。」 そう言って銀時が土方の顔を上から見ている。どうやら膝枕をされているらしいことに土方は気がついた。 「こーいうのはバカップルがやるもんだろ。」 「だって俺達バカップルだろ?」 土方の問いに銀時は笑いながら答えた。銀時が土方の頭を撫でる。それはまるで親が子供を撫でるように愛しそうに、優しく。 それにそよ風が混じると気持ちよくて仕方がなかった。 「寝るの?」 「眠ぃ・・・。」 「ねぇ父さんや。」 「誰が父さんだ。」 目を瞑りながらも土方はツッコミを忘れない。銀時のいつもと少し違う細い声に耳を傾ける。 「好き。」 「どうしたんだよ急に。」 「言いたかっただけ。」 黒い髪をサラサラと撫でる銀時は小さく笑いながらそれを続けた。土方はうっすら目を開け、逆光で陰った、けれども綺麗な顔をして笑っている銀時の頭を手で引寄せて、その唇を重ねた。 「俺も好きだ。」 それを聞いて銀時は一層幸せそうな顔をして体を曲げて自ら膝の上で目を瞑る彼にキスをした。 二人の手は自然と土方の体の上で繋がれて。 「今度は二人きりで来るか。」 土方の言葉に銀時は 「ダーメ。あいつ等拗ねるから。」 と返してまた頭を撫で始めた。 片手は彼と繋がれたまま。 ああ、なんて幸せ。 これ以上俺はもう望まない。 お前がこうして傍にいて、たまにこんな風に甘えさせてくれたら。 これが俺の自由だ。 お前の隣にいることが。 愛してる。 その後4人で騒ぎながら弁当を食べて、昼寝して、土方の運転する車で帰路に着いた。其々万事屋の前で別れて、夜の万事屋にはいつものように銀時と神楽だけが残った。もちろん定春もだが。 その夜から、世界は変わり始める。 「銀ちゃん!!!」 幸せすぎて、気付かなかったのかもしれない。 否、それに気付かないようにしていたのかもしれない。 幸せすぎて怖かったんだ。 その夜、銀時は激しい頭痛を訴え倒れこんだ。 傍で神楽の悲痛な叫び声を聞きながら。 続 *始まりました。初連載。気長にお付き合い下さい。 |