その日は当たり一面真っ白だった。

そこに当る月明かりが反射して、天地がまるで逆転したようだった。

足元から照らす光は、眩しくて、夜なのに青空の中にいるように感じた。

まるであの日、皆で行ったドライブの時みたいな。

思えばあの日が幸せの絶頂だったのかもしれない。

俺が幸せすぎたから、平等になるように神様が試練を与えたのかもしれない。


けど、こんなのって不公平だろ。ちょっと神様は奪いすぎたと後悔して欲しい。


俺からお前を奪ったら、何もないのに





雪蛍



酷い頭痛だった。
言葉にするなら後頭部をどでかい針で突き刺されたようなそんな風に銀時は感じた。
本当に痛い時は声も出ない。痛いなんてものではない、その感覚にいきなり襲われて、銀時はリビング兼応接間の床に倒れこんだ。
丁度神楽が寝ようとその部屋を出る時で、重たい音に振り返った。

「銀ちゃん!!」

歯を食いしばって目を硬く瞑り、冷や汗を垂らしている銀時を見て、神楽は名前を叫びながら駈け寄った。どうしたの?という問いに、やっと言葉を振り絞るように、頭痛がする事を訴えた。神楽は定春に様子を見ているよう一声かけると、お登勢が営業中の下の階まで駆け下りていく。銀時はその音を遠くで聞きながらうずくまり、、刺されるような痛さに体は悲鳴をあげて、意識を手放した。


ひじかた・・・助けて・・・


遠ざかる意識の奥底で、愛しい人の名前を呼んだ。



目を開けると映るのは白い天井。
いつもの薄汚れたそれとは違って、綺麗に掃除されている。自分が横たわっているものも、立派とまでは行かないが、白いシーツがかかって綺麗に見えた。かけられているものも同様に。
目を開けるのと一緒に、徐々に体中の感覚が目覚め始める。最初に感じたのは少し堅めの枕の感触。そして布団の重み。そして

自分の体温ではない温かさが触れている右手。少し動かすと、強く握り返された。

「銀時!?」

名前を呼ばれて、完全に覚醒する。右を向くと、黒髪の男が目に映った。それは意識を手放す直前に名前を呼んだ愛しい彼だった。
酷い顔をしている。安堵と不安と悲愴を含んだその表情は、一心に銀時を見つめた。

「ひ・・・じかた・・・?」

言葉を発すると、土方は少し顔を緩め、息をついて

「何やってんだバカが。」

いつものような呆れた声で、けれど優しさを含むその声でそう言うと、そっと銀時の頬に触れた。その温かさにまた少し目を閉じるとどうして自分が此処にいるのかという疑問が浮かんできた。そして少し考えて、昨晩の酷い頭痛のことを思い出した。何をやっていたと言われても突然の事すぎて自分自身よく分からなかった。ただ分かるのは自分は倒れて、多分夜中の内に病院に運ばれたのだろうということだけだ。

「待ってろ。今先生呼ぶから。」

土方はナースコールに手を伸ばした。

「お前・・・ずっといてくれたの?」
「あぁ?当たり前だろ。」

太陽が差し込む窓の外は朝が来た事を告げていた。いやむしろ太陽の高さからして昼近くだろう。仕事があるはずなのに、そんな時間まで自分の傍にいてくれた土方に対して、申し訳ないという気持ちと嬉しい気持ちとが混ざった。

「仕事、行けよ。もう大丈夫だから。」
「んなわけいくか。病状聞くまで帰らねぇぞ。」
「ゴリさん泣くよ?」
「泣かしとく。」
「ひどー。」

あははと笑い声を立てる銀時に、土方は安堵のため息をついて、その唇に軽く触れるだけのキスをした。

「心配かけんな。」
「ん。悪かった。」

窓から流れ込む暖かな風が、二人の髪を揺らした。
と、その時、土方の携帯が鳴った。暴れん坊将軍のテーマ。近藤からの電話の証拠だ。病室内で電話なんて非常識だと分かりながらもそれに出る。暫く受話器の向こうにいるであろう近藤とやり取りをして、電話を切ると銀時にすまないと言った。

「急に捜査要請が入っちまった。行かなきゃなんねぇ。」

その言葉を聞くと銀時は特に気にする風もなく、行くように言った。
そもそも若干の頭痛は残っているもののもうこれだけ普通にしていられるのだから大丈夫だろうと思ったのだ。確かに傍にいて欲しいことはいて欲しい。けれどそれはいつも感じていたことだ。今更引き止める気はない。

「じゃあな。また来る。」
「案外今日退院しちゃうかもよ。じゃ、行ってらっしゃい。」

ふざけたように笑うと、病室を出ていく土方をベッドの上から見送った。誰もいなくなった個室で、銀時は寝返りを打って、また打って、先生が来るのを待っていた。多分、来るのはあのブラック○ャック的な人だろう。
そう思った時、音を立ててドアが開いた。先生かと目をやると、

「銀ちゃぁぁぁん!!」

大声を上げながら入ってきたのは神楽と新八だった。
二人は部屋に入るや否や猛スピードで銀時目掛けて走り、その体に抱きついた。

「ちょ、お前ら!俺病人!!」
「心配したアルー!ばかぁ!」
「神楽ちゃんが泣きながら銀さんが動かないなんて言うから、ホントどうしたのかと思いましたよ!」

抱きついたり、服を引っ張ったり、叩いたり、病人に接する態度ではなかったが、銀時も笑いながら、三人とも楽しそうにじゃれていた。
そこへ今度こそ正真正銘の先生が現れた。やっぱりブラック○ャック的な先生だった。

「具合はどうですか、坂田さん。」
「少し頭痛が。まぁ我慢できる程度なんで。」

銀時がそう答えると先生は家族はいるかと聞いた。神楽や新八の顔を見た銀時は

「いないですけど。まぁこいつらが家族みたいなモンです。いや、友達か?仕事仲間か?」

自分の言った言葉に疑問を投げかけ続けていると、先生は家族がいないなら本人に話があると言った。病状の説明だろうか。二人はどうすると言った顔で銀時見ると、ここにいても構わないという答えが返ってきた。新八と神楽は近くに置いてあった椅子に座る。
全員の聞く体制が整うと、先生は一度咳払いをして話し出した。


頭痛の原因だった病の名前を聞かされても、全員ぽかんとしていた。
けれどもその後から紡ぎ出される言葉に(多少難しい部分があって全部が理解できたわけではなかったが)まるで病室が凍りついたようにしんとした。
短くえ、ともあ、とも取れる言葉を一言発すると、全員押し黙った。
聞こえてくるのは重々しく病状を説明する先生の声と、誰かが唾を飲み込む音だけ。

全員が動いたのは先生が決定的な一言を発した時だった。

「坂田さん、残念ですが、失明は避けられません。」

その言葉に、新八と神楽は同時に銀時の顔を見た。
銀時はただ、呆然と、先生を見つめ、それから鼻で笑って

「ウソだろ・・・。」

それだけ呟いて、口を閉じた。


散々難しい説明をして、これから頑張りましょうと言うと先生は病室から出て行った。残された三人は、重たい空気の中、何を言えば良いのか分からなかった。聞こえてくる時計の音。秒針の音と心臓の音を比べると、心臓の音が異様に早いのを全員感じた。

先生の話からすると、要は外傷性の眼疾患らしい。頭を強く打ったことによるもの。それも今ではなく、だいぶ前にやったもので、そこから目の神経が壊死していっているとの事だった。
銀時には思い当たる節は山ほどある。攘夷戦争の時から今まで何度死にそうになったか。頭だけじゃない、体中ボロボロになった事なんて数え切れないほどだ。

これは、死んでいった者からの罰だろうか。仲間の死の上に立ってのうのうと生きている自分への。

目が見えなくなる。

言われたところで実感がわかなかった。今自分の目の前で泣きそうな顔をしている二人の姿が、こんなにもはっきり見えるというのに。

土方の呆れた顔をさっき見たばかりだというのに。

「銀さん。」

新八に声をかけられ我に返った。
そしてできるだけ明るく、いつもの様に努めようと笑った。

「心配すんな。目ぇ見えなくなるだけだろ。死ぬんじゃねぇんだから。良かった良かった。」

けれど言葉の裏にある不安とか、絶望とか、そういうものに、二人は恐らく気付いていたのだろう。「そうですよね。」と笑い返す新八の声は微かに震えていて、神楽はずっと俯いたままだった。



お前の笑う顔が好きだった。

滅多に笑わないお前が、俺だけに見せる優しい顔が好きだった。



「なぁ、お前ぇら。」

銀時はベッドから起き上がって、座った。

「この事、アイツには言わないでくれねぇか。」

アイツと聞いて二人はすぐにそれが土方だと分かった。どうして?と聞きたかったが、無理して笑う銀時に、問い返す事はできなかった。言えるのは、わかりましたという了承の答えだけ。

それを聞くと銀時は目を窓の外に移した。

太陽はまだ真上にあって、白い光を銀時の目に当てていた。



見えなくなるというのはこんな風に、ずっと白い光に包まれることだろうか。

それとも夜の様に真っ暗な闇に包まれることだろうか。

どちらでもいい。

どの世界でも、君がいてくれるなら。

そう願う事は僕の勝手だろうか。














あの頃は本当にそう思ってたんだ。

お前がいればいいなんて自分勝手にも程がある。

なぁ、そんな顔するなって。

全てには終わりがあって、今がその時なだけなんだ。

好きだから、終わりにしようって言ってるんだ。

眠りにつく前に、最後のお願い、聞いてくれるか?


もう一度、いつものように笑ってくれ。




続く


*そんな目の病気があるかなんて知りません。医学に詳しい方スミマセン。土方の出番が少なかった・・・。