Promis ―――君は覚えているだろうか。 あの日、交わした約束を。――― 夕暮れ。 少し前までこの部屋の主人に仕えていた金髪の青年が一人、主人を失ったベッドの上に座っていた。開け放たれた窓からは少し涼しい風が吹き込んでくる。部屋を見回すと、それは以前ここに来た時と寸分変わらぬ風景。ただ、違うことといえば、”彼”の姿がないことだけだった。 世界を変えたあの出来事からどれくらい経っただろうか。崩れていくエルドラントに其々の想いを馳せたあの日から。 ともに旅した仲間達は皆帰るべき場所に帰っていった。その後の彼とは手紙や、それこそ直接会いに行って話すこともあったがその会話にはどこかぎこちなさがあった。”彼”が居た頃とはだいぶ世界が変わったように見えた。 『隅々まで調査いたしましたが、兵の遺体は何体か発見されたものの・・・』 調査隊の話によるとローレライを解放するといって崩れていくあの場所に残った”彼”の姿は見つからなかったらしい。遺体すら残らない。そんな状況で、誰が”彼”の死を受け止めるものか。少なくともこの青年は認めなかった。例え、”彼”の墓が建てられようとも。 そしてこの屋敷の使用人でなくなった今もたまに”彼”の部屋に来てはいつかあの扉が開くのではないかとただ時間が過ぎていくのをこの部屋で感じていた。 「来週あいつの成人の日か・・・。」 数日前、グランコクマで仕事をしていた時に、ファブレ公爵からの手紙を受け取った。そこに記載されていたのは”彼”の成人を祝う催事の招待状だった。 出る気はない。死んでもいない人間の墓に語りかけるなんて気にはなれない。祝いの言葉は本人に伝えるものだ。ここに来たのはただ、”彼”との約束を守るためだ。 あの約束があったから。 「なあ、ルークお前、覚えてるか?」 「ガーイー!!」 ある晴れた日のこと。ファブレ公爵の屋敷内に、自分の名前を呼ぶ声が響いてガイは立ち止まった。振り返ると赤い髪を揺らしてルークが走ってくる。しかしいつもと違う。なんだか顔も服も模様がついているように見える。 それはルークが近寄るに連れてはっきりとしてくる。模様じゃない。あれは・・・ ドンッ 目を凝らして考えている内に、ガイの腹の辺りにルーク顔がぶつかった。それと同時にルークの両手がガイの腰の後ろに回される。 「お、おいルーク。なんだ。」 急に抱きつかれてバランスを崩しそうになりながらもどうにか踏ん張ってルークを受け止めた。ルークは服も手も顔も泥だらけにしてはしゃいで、ガイにこれでもかと言うくらいの笑顔 を向けていた。何がそんなに楽しいのかガイには理解できていなかったが。 「お前、どうやったらそんなになるんだよ。」 そう言うとガイは持っていたハンカチでルークの顔を拭いて苦笑した。顔を擦られると ルークはギュッと目を瞑って、けれど口だけは布の間を縫うように動かして答えた。 「穴掘ってたんだ。」 「穴?」 なんでまた?とガイは疑問符を浮かべた。この屋敷内で穴が掘れる場所はペールが大事に している花壇くらいしかないはずだが、しかし意味もなくそんなことをしたら真っ先に ペールが止めるはずだ。 「ガイ、宝物とかない?」 「え?」 それは予想もしない質問だったが、少し考えて理解した。穴、宝物、と来たら・・・ 「たいむかぷせるを埋めるんだ!」 やっぱり。 「ペールが端っこならいいよって。あのな、本で読んだんだ。好きな奴と一緒に、宝物とか手紙とか入れて埋めるんだ。」 その時ガイは数日前ルークの部屋に転がっていた本を思い出した。確かあれはメイドが 買ってきた少女漫画だったか、その中の一つのあるページに紙が挟まっていた。気になっ て捲ると幼い男女が約束を交わしてタイムカプセルを埋めていた。 ("好きな奴"の意味が違うんじゃ…?) 「聞いてるか!?ガイっ。」 ルークが服の裾をツンツンと引っ張った。 「ん、あー…宝物ねぇ…。お前は何入れるんだ?」 ルークが記憶をなくしてこの屋敷に戻ってきてまだ一年ほどしか経っていない。宝物と呼べるものが出来ているとはガイには思えなかった。世話をしてきた中で特にルークが想いを寄せている物を見た事がなかったからだ。どんな物にもまずは「何だこれ?」から入り、そしてそれを覚えていない自分に腹を立ててあらゆる物から距離を置いていた。それは物に対しても、人間に対しても。そんなルークを見てきたガイにとってルークがタイムカプセルに入れるような物を持っていることは意外だった。 そんなガイを他所にルークは少し照れながらポケットからクシャクシャの紙を取り出した。 「俺は、コレ。」 半分に折りたたまれているため中身がはっきりと見えたわけではないが、それが手紙である事は一目瞭然であった。 「俺の宝物はガイ!」 そう言ってルークはにへらっと笑って見せた。 「でもガイは入れられないだろ?だから、ガイに手紙書いたんだ。これが俺の宝物の代わり!」 いいアイデアだろと言わんばかりにフンっと鼻息を荒くルークは言い放った。しかし言われた方のガイは豆鉄砲をくらったハトのような面持ちである。 それはそうだ。思いつかなかったルークにとっての宝物が自分だというのだから。そして手に持っているのはまだ慣れていないペンで書かれた手紙。 「俺のために、書いたのか?」 「うん。」 ガイの問いに嬉しそうにルークは答えた。 「ははっ俺か…まいったな。」 ガイは苦笑した。自分の過去も、ガイの過去も知らないルークは疑いもせずガイを受け入 れる。無垢という言葉がまさしく合うような笑顔を向けながら。 その笑顔が時に人の傷に触れるとも知らずに。 「俺、ガイのこと大好きだ!」 復讐のためにこの屋敷に来て、あわよくば隙を見計らってルークを手にかけようと思っていた。 そんな黒い感情をルークは知らずに笑いかける。 好きだという。 何も知らないくせに! ガイの心はそう叫ぶ。けれどいつもそれはルークによって消される。 「ガイ、俺がずっと一緒にいてやる!ずっとずっと。一緒に、未来を見よう。」 辛いことに屈さないルークの強さにガイの心は引寄せられる。傷つけるくせに癒すのも上手いのだ。毎日毎日それの繰り返し。その繰り返しの日々に、ガイの心は少しずつ動かされていった。 流されている。そう感じたこともあっけど、悪い気はしないのだ。 何故かルークの傍にいると、自分の黒い部分も見えるが、同時に靄が晴れて行くようにも思えた。 だから、憎しみを感じても、自分のことを好きだと言う無邪気なルークに自然と 「俺も、好きだよ。お前のこと。」 そう言えてしまうのもまた事実だった。 それを聞くと、ルークは泥に汚れた頬を赤く染めて嬉しそうに笑った。 「じゃあ、俺も、お前に手紙を書くよ。」 「え?」 「俺の宝物は、きっとお前だから。」 ―――自分を変えてくれた、いや、これからきっと一緒に変わって行ける 大切な大切な宝物だ。 いつか大人になって、掘り起した時に、成長した二人が互いの手紙を見て 笑い合えたらいい。 その時も互いが宝物だと言えたらいい。 一緒に、未来を見よう――― そう約束して、タイムカプセルを埋めたのは何年も前の丁度今日。ルークの成人の年のその日に掘り出そうと誓ったのだ。 ガイは夕日が傾きかけてオレンジと群青色が混ざる空の下、屋敷に囲まれた一角の花壇の前に立っていた。 その手に、まるであの日、抱きついてきたルークのように泥のついた銀の缶を持って。 フタを空けて、一枚の紙を取り出す。長年空気に触れていなかったそれは、あの日のままとは言えないものの、多少の年月を感じさせはしたが、変わらず、そう、あの日と寸分変わらない姿でガイの手に触れた。 そこに書かれていたのはガイのそれとは違い、拙い文字。 ガイは笑う。 あの日の自分と同じ事を幼いルークは書いていた。 勝手に先に空けた事を、彼は怒るだろうか。 「でもま、今日空けるって約束してたからな。遅刻したお前が悪い。」 そう笑いながらも幼い彼が書いた文字を手でなぞってはその胸に愛しさがこみ上げてくるのが分かった。泣きそうなくらいに。 あの頃は、ガイはルークが好きだった。 ルークもガイが好きだった。 『これをあけるとき、ガイはそこにいる?おれはぜったいガイがすきだ。ガイもおんなじだといいな。』 「・・・悪いな。違うよ。ルーク。」 ルークの書いた手紙にそっと口付けをして。 「愛してる。」 まるでそこにいる彼に囁くように呟いた。 自分の書いた手紙は開かずに置いておこう。これを最初に開けるのは、彼でなくてはならない。彼のために書いたものなのだから。 だから、早く帰って来い。 約束に遅刻した事は許すから。 そして、言わせてくれ。 今、君の手紙に囁いた、愛の言葉を。 ―――なぁ、これを空ける時、お前はそこにいるって信じていいよな?――― *初めて書いたモノがボス戦後ですみません。結局何が書きたかったんだ・・・。まぁ、そう。ラストのムービーで「約束」という言葉が出てきます。きっと皆色んな約束をルークと交わしている気がして。ただ、帰ってくることだけではなくて。その中のガイの約束の一つ。・・・として読んでもらえればいいかなと。 |