君の一番大事な物



鏡を見ると、そこには俺だけど俺じゃない姿。
驚いたのに、身体はその驚きに反応しない。あくまで冷静な動きをする。
話しているはずなのに口から出るのは全く別の言葉。それに、この口調、この声・・・

「アッシュ。」

目の前にいるティアがアイツの名前を呼ぶ。俺と同じ顔のアイツの。
何言ってんだよ。俺じゃん。ルークだよ。似てるからって間違えるなよ。
俺の意志に反してふとベッドに視線を向ける。そこには”ルーク”が眠っていた。

そう、俺の身体は眠ったまま、意識だけアッシュの中にいるのだった。アッシュと戦ったせいなのかなんなのか理解できなかったけど。

『黙ってみてろクズ。』

アッシュの声が脳内に響く。黙ってろって・・・俺何も言えないじゃん。

意識だけがフワフワ浮いて、俺はアッシュの身体の中に閉じ込められた。アッシュは魔界から出て、ベルケンドへ行くと言う。他の奴等もティア以外ついて行くみたいで、俺は独り取り残されたような気分だった。

・・・当然と言えば当然だ。あの時の皆の顔が離れない。アクゼリュスを消滅させてこの魔界へ落ちた後の、タルタロスでの皆の顔が。「俺は悪くない!」そう叫んで顔を上げた時、全員が俺が見た事のない表情をしていた。
そして去って行った。
その時気付いたんだ。

俺は見限られた。

あの頃と同じだ。
屋敷の中で見てきた、使用人達の表情と。
皆、皆、ため息をついて、苦笑いをして、俺と距離を置いた。

息が出来なくなる。

怖くて、怖くてしょうがなかった。

あの頃と同じだ。

でも、あの頃は、アイツが、アイツだけが俺に触れてくれた。

「ルーク。」

俺の名前を呼んで、頬に触れて、抱きしめてくれた。
だから、大丈夫って思えたんだ。誰からどんな目で見られても、我慢していけるって思った。お前さえいてくれれば、俺はそれで良かったから。
けど、今回は違う。

「ルーク、これ以上幻滅させないでくれ。」

目の前が真っ暗になるって、こういうことなんだなって初めて分かった。いっそ意識を手放せたら良かったのに、ただ息が苦しくなるだけで俺の身体はそれを許さなかった。きっと罰が当った。むしろ、息をしていることも許されるのか、それすら分からなかった。



『ガイも行くのか・・・。』



ガイはアッシュに好意を抱いているようには見えないけど、それでも付いて行くらしい。
俺を置いて。

分かっていても寂しかった。もう、きっと愛想を尽かしたんだ。傍にいてはくれないだろう。

そう思ったら、アッシュの身体の中で、意識だけしか存在しないはずなのに、涙が流れた気がした。もう、このまま目覚めなければいい。だって、もう二度と会えない。またあの表情をされたら俺は今度こそ息が出来なくなる。それなら、このままアッシュの中でそっとアイツを見てるだけで。それでいい。

『何を泣いている。』

アッシュが俺に話しかける。

『・・・悪い。うるさかったな。』
『お前、ずっと俺の中にいるつもりか?ふざけるな。』
『なっ!俺の心の声聞くなよ!!』
『バカか!お前の意識は俺の中にあるんだ。勝手に聞こえちまうんだよ。』

なんか癪だ。コイツの考えてる事はわかんないのに、俺のは伝わるなんて・・・・。本物と劣化の差かな。

『そうだな。お前は劣化品だからな。』
『だから読むなよ!俺の独白なのに!』
『とんだ腐った目を持ってるらしいな。目まで劣化してんのかテメェは。』
『え?』
『ムカつくヤローだ。』

アッシュの言っている事が分からない。分からないけど、何故か俺のとは違う胸の痛みを感じた。・・・これはアッシュの?
なんでこんなにキリキリしてんだよ。俺、アッシュが羨ましいよ。能力も知能も俺より優れてて、だからきっと皆もこれからお前に着いて行く。いや、そもそもこれが本来の姿なんだ。全部元に戻るだけなんだ。家族も、幼馴染達も、新たな友人達も、皆、皆元ある姿に戻っていく。

レプリカじゃなくて。

オリジナルの元に。

俺を残して。

これが、当たり前の姿。俺が今更悲しむなんて可笑しな話だ。今までアッシュの大事な物勝手に奪って、俺のものだって勘違いして。だから返さなきゃいけない。借りてたものを。
大丈夫。
独りになったって。
誰も悲しまない。誰も。


アイツだって、きっと俺なんかより―――


「俺、やっぱ戻るわ。」


え?


「アイツの傍にいてやんなきゃなんないから。」

ふと聞こえてきたのは聞き馴染みのある声。

俺の一番すきな声。

ガイ・・・。

「ルークを放っておけない。悪いな。」


そう言って走り去っていく金髪の男を、アッシュの目が追う。
また、胸が痛い。

『アッシュ・・・?』
『・・・。』
『アッ―――』
『うるせえ!!・・・っこうなる事は、分かってた・・・。』

なんで?だって、俺あんなに酷いこと言ったのに。ガイ、あの時、お前あんなに突き放すような顔をしたのに。なんで?

なんでまだ、俺の所に走ってくれるんだ?
俺はルークじゃない。本当は名前も何もない。アッシュから全部奪って手に入れた偽りの過去で、既存の物で作られた、レプリカなのに。


空っぽなのに。


『クソッ・・・。もう、ここでお別れだ。』
『え?』
『俺の中から出て行け。』
『でも、俺・・・。』
『ガイが、お前を待ってる。』
『でもっ。』
『失せろ!!これ以上、惨めな思いはしたくねぇ!!』

痛い。

アッシュの痛みが伝わってくる。

なんでこんなに痛いんだ?

『アッシュ―――』
『わかんだろ。あいつの気持ち。あいつが、一番大事にしてるモンが。・・・じゃあな。』







そこで回線は切れた。






目が覚めると、そこはティアの部屋だった。アッシュの中で見たのと同じ光景。
起き上がるのが怖かった。この姿で誰かに会うのが怖かった。誰が目を合わせてくれるものか。だけど、会いたい。もしも本当にアイツが待っていてくれるなら、会いに行かなきゃいけない。
どんな謝罪をしようか。どんな言葉をかければいいだろうか。

今までの俺じゃいられない。


変わらなくちゃ・・・いけない。


「ティア、ナイフ持ってるか?」


ティアから借りたナイフで俺と共に過去を紡いだ長い髪を切り落とした。この髪の長さの分の俺がいる。だけど、もう一度、全てを塗り替える事はできないけど、また新しく、過去を作っていこうと思った。次にこの髪が同じくらい伸びる頃には、胸を張ってなびかせられるような過去が出来ているように。

切った髪を手のひらに乗せると

どこからか風が吹いて

白く光る花の上を散っていった。


変われるかな。俺。


もう、二度とあんな顔見たくない。いつもみたく笑って欲しい。そんなこと俺が望むなんて厚かましいけど、でも願ってもいいかな。

「よお、ルーク。」

また、お前の隣にいてもいいかな。

「髪、切ったのか。」

また、笑ってくれるかな。

「何泣いてんだ。らしくないな。」

アラミス湧水洞で、ガイが待っていてくれた。
無理だよ。それだけで嬉しくて涙が出ちまうんだよ。

俺は無意識の内に走り出して、手を伸ばした。すると、ガイはあの、いつもみたいな、俺を包むような笑顔でその手を引いて、抱きしめてくれた。呼吸が戻ってくる。やっと、息が出来た気がした。

「お帰り。ルーク。」

ガイの少し低くて優しい声が上から降ってくる。ティアが少し呆れた顔で笑っているのが視界の端に映る。俺もつられて笑う。

なぁ?自惚れてもいいのかなアッシュ。ガイの一番が俺だって。
ううん、本当の一番になれるように、変わって行こうと思う。

お前にも、ちゃんと認めてもらえるように。

「ガイ。」
「ん?」
「有り難う。」
「なんだよ。お前が礼とかキャラおかしいぞ?」

今まで言えなかった言葉を口にすると、ガイは笑って俺の頭を撫でた。この手の優しさを手放したくない。ずっとずっと一緒にいられますように。

「ちょっと、イチャイチャするのは後にしてくれない?早く出ましょう。」

ティアは早歩きで俺とガイの横をすり抜けて言った。俺とガイは目を合わせて笑った。

「ホラ、ルーク。」

ガイは俺の前に立って、手を差し出す。
俺はその手をとってガイと一緒に歩き出した。


また旅が始まる。



新しい過去を積み上げるために。




fin.



*アッシュメインかと思いきややっぱりガイです。すみません。色々と省略してますが、アクゼリュス崩壊後のアッシュ操作時あたりの話です。あそこで私はもうガイルク以外の何物でもないと確信しました。なんなんでしょう・・・あのセリフたちは。狙ってますよね!!
ってわけで。そんな感じで。